TripleCrisisというブログで、アロー=デブリューを初めとする不動点定理(角谷のものにせよ、ブラウワーのものにせよ)を用いた均衡の証明は経済的な意味を持たない、という主張がなされている(Economist's View経由)。書いたのはアレハンドロ・ナダル(Alejandro Nadal)というメキシコ人経済学者(cf.近著)で、そのブログエントリはこの共著論文の内容紹介になっている。
エントリでは、一般均衡理論の証明を以下のように簡略化して説明している。
In its simplest version, the procedure using this tool can be schematized as follows. Imagine you have a set P of price vectors each with the property Σpi = 1 (i.e., for each price vector in P the sum of its components is equal to 1). Now suppose you build a mapping f that transforms price vectors into new price vectors. This mapping transforms each price vector p in the set P to a point p’, that is, another price vector in P. The fixed point theorem tells us that under certain conditions, the mapping has a fixed point, i.e., there is a p* in P such that f(p*) = p*. The validity of the theorem depends on the properties of both the mapping and the set on which it is defined.
Suppose you build this mapping so that it represents the law of supply and demand, i.e., if demand is greater than supply, the mapping ensures that the price of that commodity increases. If it is less, the price will decrease. If the excess demand equals zero (i.e., supply equals demand) the price will remain unchanged. Now, under certain mathematical conditions, imagine you found that your mapping transformed one price vector into precisely the same vector. This is a fixed point at which the prices would remain unchanged. Suppose you also demonstrated that at this fixed point for every commodity with a strictly positive price, supply would be equal to demand and where a commodity’s price was zero the excess demand would be negative (i.e., positive excess supply). Your proof of existence would be complete.
(拙訳)
最もシンプルなバージョンでは、このツール(=不動点定理)を用いた手法の概略は次の通りとなる。Σpi = 1という特性を持つ価格ベクトルの集合Pがあるものとする(即ち、Pに含まれる各ベクトルにおいて、要素の合計は1に等しい)。ここで、価格ベクトルを新しい価格ベクトルに変換する写像fを構築するものとする。この写像は、集合Pに含まれる各価格ベクトルpを、別のp'というPに含まれる価格ベクトルに変換する。不動点定理によれば、ある条件下では、その写像は不動点を持つ。即ち、f(p*) = p*となるp*がPの中に存在する。この定理が成立するかどうかは、写像、およびその写像が定義される集合の特性に依存する。
そうした写像を需要と供給の法則を表現するように構築したものとしよう。即ち、需要が供給よりも大きければ、写像はその商品の価格が上昇することを保証するものとする。需要が供給よりも小さければ、価格は下落する。超過需要がゼロならば(つまり需要と供給が等しければ)価格は不変である。その上で、特定の数学的条件の下で、その写像が、あるベクトルを正確に自分自身に変換することを発見したものとしよう。これは価格が変化しない不動点である。また、この不動点では、価格が正であるすべての商品の需要と供給は等しく、価格がゼロである商品の超過需要は負である(つまり超過供給が正である)ことを示したものとしよう。そこまで行けば、(一般均衡の)存在証明は完了したことになる。
しかし、この価格ベクトルのΣpi = 1という条件が曲者である、とナダルは言う。
角谷、ブラウワーのいずれの不動点定理も、コンパクト凸集合が前提条件となる。そのため、Pとしては単体を用いることになる。ただ、その単体においては、Σpi = 1という正規化が必須となる。この正規化が、実は、写像における需要と供給の表現を破壊してしまうのだという。
その点についてナダルは以下のように説明している。
With the normalization procedure, price changes for one commodity not only depend on the sign of the excess demand of that specific commodity, but also on the sign of the excess demands of the other n – 1 commodities. This is not what the law of supply and demand indicates.
(拙訳)
正規化の過程により、ある商品の価格変化は、当該商品の超過需要の符号だけではなく、他のn-1商品の超過需要の符号に依存するようになる。これは需要と供給の法則が示すところではない。
エントリの最後でナダルは、1994年にケネス・アローにこの問題を提起した時のことを書いている。その時アローは、単体の話についてはナダルは正しい、と認めたとの由。