財政赤字削減のためにマンキューに10億ドルを!

昨日マンキューブログ経由で知ったホルツイーキンWSJ論説を紹介したが、マンキューがその次のブログエントリで医療改革法案の財政赤字への影響を次のように戯画化している*1

I have a plan to reduce the budget deficit. The essence of the plan is the federal government writing me a check for $1 billion. The plan will be financed by $3 billion of tax increases. According to my back-of-the envelope calculations, giving me that $1 billion will reduce the budget deficit by $2 billion.
Now, you may be tempted to say that giving me that $1 billion will not really reduce the budget deficit. Rather, you might say, it is the tax increases, which have nothing to do with my handout, that are reducing the budget deficit. But if you are tempted by that kind of sloppy thinking, you have not been following the debate over healthcare reform.
Healthcare reform, its advocates tell us, is fiscal reform. The healthcare reform bill passed last year increased government spending to cover the uninsured, but it also reduced the budget deficit by increasing various taxes as well. Because of this bill, the advocates say, the federal government is on a sounder fiscal footing. Repealing it, they say, would make the budget deficit worse.
So, by that logic, giving me $1 billion is fiscal reform as well. To be honest, I don't really need the money. But if I can help promote long-term fiscal sustainability, I am ready to do my part.
(拙訳)
私の財政赤字削減策をご説明しよう。その削減案の基本線は、連邦政府が10億ドルの小切手を私に振り出すことにある。その支出は、30億ドルの増税によって賄われる。私の机上の計算によれば、私に10億ドルを渡すことにより財政赤字が20億ドル減少するはずである。
さて、私に10億ドル渡すことは実際には財政赤字を削減しない、と言いたい人もいるのではないか。そうではなく、私への贈与とは無関係な増税財政赤字を削減しているのだ、と。そうしたいい加減な考えに陥ることは、その人が医療改革法案の議論を見失っていることを意味する。
医療改革は、その主唱者たちによると、財政改革である。昨年成立した医療改革法案は、無保険者を保険に加入させるために財政支出を増加させるが、各種の税金を増加させることにより財政赤字を減少もさせる。主唱者たちに言わせれば、この法案により、連邦政府の財政は健全化するとのことである。彼らに言わせれば、それを撤廃することは、財政赤字を悪化させるという。
その論理を当てはめれば、私に10億ドルを渡すことも財政改革となる。正直なところ、私は別にその金が必要なわけでは無い。しかし、長期的な財政の維持可能性のために貢献できるならば、自分の役割を果たす用意がある。


これに怒ったのがエズラ・クラインである。彼は概ね以下のように述べてマンキューの戯画化の問題点を指摘しているEconomist's View経由)。

  • マンキューの案は、冷淡さと、語るに落ちた隠れた真相の組み合わせとなっている。
  • 医療改革法案と同様、マンキュー案も実際に財政赤字を削減する。
  • マンキューもハーバード大が被雇用者に提供する保険に加入しているはずであり、それを必要と感じ、かつ、それが提供されなければ怒るはずである。もしそうならば、3200万人の無保険者への医療保険の提供を(自らへの贈与という)無駄遣いに喩えたことは、真の冷淡さを表わすものに他ならない。
  • マンキューは2003年5月にブッシュ政権CEA委員長になったが、同月、ブッシュ政権は、資金の裏付けの無い減税の2ラウンド目を議会に通している。また、その数ヶ月前にはまったく資金の裏付けの無いメディケアPart Dが法案として成立している。マンキューは、同じ法案の中の支出や減税という側面と収入や支出削減という側面は無関係だと信じているようだが、そうした信念は、彼がブッシュ政権CEA委員長に就任したことの説明に図らずもなっている。それが、彼がこのエントリで語るに落ちた形で示した真相である。
  • 医療改革法案の批判者は、肝心の無保険者の話を議論から締め出し、財務健全性に関する新規かつ矛盾した定義を開発する傾向があるが、これもその一例となっている。


このクラインの議論はデロングも紹介しているが、デロングはさらに別エントリで、マンキューCEA委員長下で主任エコノミストを務めたという経歴を持つドナルド・マロンの意見を紹介している。そこでマロンは、医療の在り方に影響を与える税制面の変更も医療改革の一環と考えるべきであり、それを切り離して考えた点でマンキューは誤っている、と指摘している。


一方、Modeled Behaviorのカール・スミスは、医療改革法案を茶化したマンキュー案をさらに茶化して、雇用を殺す(job killing*2増税案が含まれるマンキュー法案は成立後速やかに撤廃し、カール・スミスに対する5億ドルの税還付法案を成立させるように呼び掛けている。これは財政健全化には役に立たないが、共和党のcutgo戦略*3では支出増加しか関係無いので問題無い、と皮肉の矛先を共和党に向けている。

*1:このエントリは1/17NYT論説でのクルーグマン共和党の論理の戯画化――医療改革に無関係に発生する費用を医療改革に結びつけた論理を、住宅ローンの費用を食事代に結びつけることに喩えた――を意識しているように思われる。

*2:cf. 共和党の医療改革撤廃法案の正式名称は「Repealing the Job-Killing Health Care Law Act」。

*3:このJETRO資料の説明を引用すると:
下院共和党は選挙公約として、カットゴー(Cut-Go)原則を掲げており、これをどのように遵守していくかが今後の歳出法案審議などで注目される。Cut-Go原則とは、「既存のプログラムを廃止した上でなければ、新たな支出は行わない」とするものである。民主党が掲げるペイゴー(Pay-Go)原則は「増収項目無くしては新しい支出を行わない」とする、拡大型の均衡維持原則であるが、Cut-Go原則は逆に縮小型の均衡原則である。