昨秋の中間選挙で共和党が下院を制したことにより、昨春成立した医療改革法案を撤廃する法案が19日に下院で可決された。
同日、ジョージ・W・ブッシュ政権下でCBO局長を務めたダグラス・ホルツイーキン(Douglas Holtz-Eakin)らが、医療改革法案の影響に関する現CBOの試算を攻撃する論説をWSJに発表し、それをマンキューが早速リンクした。
ホルツイーキンの攻撃対象となったのは昨年3/20付けの試算なので、取りあえず以下にその中の主要な表を(各年の数字や詳細項目を省略した)抄録の形で転記してみる。
まず、表1から(単位10億ドル、以下同じ)。
2010-2014 | 2010-2019 | |
---|---|---|
NET CHANGES IN THE DEFICIT FROM INSURANCE COVERAGE PROVISIONS | 78 | 788 |
NET CHANGES IN THE DEFICIT FROM OTHER PROVISIONS AFFECTING DIRECT SPENDING | -79 | -511 |
NET CHANGES IN THE DEFICIT FROM OTHER PROVISIONS AFFECTING REVENUES | -109 | -420 |
合計 | ||
Net Increase or Decrease (-) in the Budget Deficit | -109 | -143 |
これを見ると、医療保険自体は2010年以降の10年間で7880億ドルの財政赤字要因となるが、同時に支出面で5110億ドル、収入面で4200億ドルの赤字減となる要因が働くので、トータルでは財政赤字はむしろ1430億ドル減少する*1。
また、表2では、表1の1430億ドルという財政赤字減少の内訳を別の切り口から示している*2。
2010-2014 | 2010-2019 | |
---|---|---|
支出変化 | ||
Education | -5 | -19 |
Health Insurance Exchanges | 21 | 358 |
Reinsurance and Risk Adjustment Payments | 11 | 106 |
Effects of Coverage Provisions on Medicaid and CHIP | 22 | 434 |
Medicare and Other Medicaid and CHIP Provisions | -71 | -455 |
Community Living Assistance Services and Supports | -24 | -70 |
Other | 26 | 30 |
支出変化合計 | ||
Total Outlays | -20 | 382 |
収入変化合計 | ||
Total Revenues | 89 | 525 |
合計 | ||
Net Change in the Deficit | -109 | -143 |
この表では支出変化の要因がより詳細に把握できる*3。
医療保険の7880億ドルの内訳を少し詳しく見たのが以下の表4である。
費用項目 | |
---|---|
Medicaid & CHIP Outlays | 434 |
Exchange Subsidies & Related Spending | 464 |
Small Employer Tax Credits | 40 |
費用計 | |
Gross Cost of Coverage Provisions | 938 |
控除項目 | |
Penalty Payments by Uninsured Individuals | -17 |
Penalty Payments by Employers | -52 |
Excise Tax on High-Premium Insurance Plans | -32 |
Other Effects on Tax Revenues and Outlays | -48 |
合計 | |
NET COST OF COVERAGE PROVISIONS | 788 |
これを見ると、費用自体は9380億ドルと1兆ドル近いが、各種控除要因のために7880億ドルという数字になっていることが分かる。
では、ホルツイーキンらはこの試算のどの部分を問題にしているのだろうか? 以下は彼らの批判を箇条書きにまとめたものである。
- 1兆ドル(正確には9380億ドル)という総費用の見積もりは低すぎる。これは10年間ではなく6年間の見積もりである。というのは、補助金が開始されるのは2014年以降だからである。10年間の完全な施行を前提とすれば、2.3兆ドル程度になる。
- CLASS(Community Living Assistance Services and Supports Act)という新設の長期医療保険によって700億ドル支出が節約できることになっているが(cf. 上の表2)、これは最初の10年間は、保険料収入が入る一方で、給付が発生しないためである。しかし、この保険は既に病気に罹患している人が主な加入者となると想定されるので、将来の破綻が予想される。
- 最大の支出削減項目はメディケアであるが、これは幻想に過ぎない。メディケアの患者を診る病院は限られており、この支出削減によって今後数年間でさらに15%減少することになるだろう。メディケアの医療機関への支払いをメディケイドより少なく出来ると考えるのはまったく馬鹿げている。しかも、医療改革法案の推進者は、そうした空想的な削減分が新制度とメディケアの双方に二重計上できると勘違いしている。
- また、10年間で4100億ドルの税収増加を当てにしているが、これには、新メディケア税の適用所得下限(個人で20万ドル、夫婦で25万ドル)がインフレに連動しないため、その税を支払う家計が年々増加していく、という裏がある。一方、保険範囲が27500ドル以上という高額の家族保険の保険料に2018年より掛かる税金については、その閾値が医療費ではなく総合的なインフレに連動する、という問題がある。その結果、2035年には、医療改革法案による税金はGDPの1.2%(現時点では1800億ドルに相当)に達するとCBOは報告している。
- さらに、雇用者の提供する保険が無ければ新制度の保険に加入すると見込まれる米国人は現在1億1100万人いると思われるが、CBOは2019年にそのうちの1900万人しか新制度の保険に移行しないと想定している。しかし、新制度の政府補助の寛大さに鑑みると、それで済むとは考えにくい。仮に最も賃金の低い3500万人が職場の保険から新制度の保険に移行したとすると、連邦支出は今後10年間だけでさらに1兆ドル膨らむ。
なお、こうした批判に対しては、昨年3月にホルツイーキンが同様のNYT論説を書いた時に、既にクルーグマンが以下のように反論している。
- 2010-2013年の収入と支出の変化、2014-2019年の収入と支出の変化はそれぞれ見合った額になっており、10年分の収入と6年分の支出による財政赤字軽減効果を試算している、という批判は当たらない*4。
またクルーグマンは、下院採決前日の今月18日には、恰もホルツイーキンらのWSJ論説を予期していたかのように、The Center on Budget and Policy Prioritiesの内訳の表を引きながら、メディケアの支出削減が十分に現実的であることを力説している。
*1:CBOが今年の1月6日に出した見積もりによると、2020-21年には800〜900億ドルの減少が見込まれるとのことである。そのため、期間を2年ずらした2012-2021年の10年間の財政赤字減は2300億ドルになるとの由。
*2:具体的には、表2では医療保険自体の費用も支出の中に組み入れ、単に支出と収入の2つの要因に分解している。ただし、こちらの表では支出変化合計と収入変化合計がそれぞれ表1のものより多くなっているが、これは、「Reinsurance and Risk Adjustment Payments」「Reinsurance and Risk Adjustment Collections」という項目を各々に立てているためと思われる。財政赤字のネットの変化の値は両表で一致している。
*3:元の表ではさらに細かな内訳も記されていたが、ここでは省略した。また、収入変化の内訳もここでは省略した。
*4:このクルーグマンの反論を念頭に置いたためか、今回のWSJ論説でホルツイーキンはこの点の書き方を昨年のNYT論説と変えており、収支のバランスではなく(上述の箇条書きの第一項の通り)総費用の額を槍玉に挙げている。