10/14エントリに対し、ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)の「Institutions for High-Quality Growth: What They are and How to Acquire Them」という論文を紹介するコメントを頂いた。ぐぐってみると、ここでWPが読めるので、今日はその内容を簡単にまとめてみる。
導入部と結論部を除くと、この論文は以下の3つの節に分かれている*1。
- Which Institutions Matter?
- How Are "Good" Institutions Acquired?
- Participatory Political Regimes Deliver Higher-Quality Growth
最初の「Which Institutions Matter?(どの制度が重要か?)」という節では、次の5つの制度が挙げられ、各々について詳細に論じられている。
- 財産権
- 規制制度
- マクロ経済安定化制度
- 社会保障制度
- 紛争調停制度
続く「How Are "Good" Institutions Acquired?(「良い」制度はいかにして獲得されるか?)」という節では、タイトルの通り、制度の導入方法について様々に論じられている。個人的にはこの節が一番興味深かった。
この節の最初でロドリックは、市場経済に対応する制度が唯一無二に定まるわけではない、ということを強調している。日本、米国、欧州の制度はそれぞれ違うし、欧州の中でもドイツとスウェーデンは異なる。どれか一つが全体的に優れている、と考えるのはジャーナリストの犯す過ちであり、そのため1970年代は欧州、1980年代は日本、1990年代は米国の制度がもてはやされるという現象が見られた。ここでロドリックは、米国市場が躓いたら次はどうなることやら、また欧州型がもてはやされるのかな、と皮肉っぽいことを書いている(今にしてみると予言的な感もあるが)。
またロドリックは、現存する様々な制度も、あり得るすべての制度を体現したわけではなく、あくまでもその部分集合に過ぎない、というRoberto Ungerの議論を紹介し、その考えに対する支持を表明している。
その上でロドリックは、制度の導入方法を技術移転に喩え、それには「設計図」方式と「経験主義」方式の2つがある、と論じている。前者はワシントン・コンセンサスに代表される方式であり、市場経済とはこういうものだ、という形でパッケージングされたものを一括して導入するやり方である。後者の代表例は中国の漸進主義である。
前者の欠点は、そうした導入の前提条件となる暗黙知の存在をしばしば無視し勝ちな点である。後者の欠点は、既に確立した制度を導入する場合に比べて高くつくことがある、という点である。ロドリックは、狭い技術的な問題については「設計図」方式が有効だが、社会としていかなる方向を目指すかという大枠の問題を考えた場合には、地域固有の事情を鑑みる必要があるので、「経験主義」方式を採るべき、と論じている*2。
この節の最後でロドリックは、参加型の政治制度、即ち民主主義を、メタ制度として称揚している。というのは、「経験主義」を採るのに当たっては地域固有のノウハウを集約する必要があるが、民主主義はそのための優れた方法になっているから、とのことである。ここでロドリックがその典型例として紙数を割いて紹介しているのが、モーリシャスの成功例である。
「Participatory Political Regimes Deliver Higher-Quality Growth(参加型の政治体制は質の高い成長をもたらす)」と題された最後の節では、その民主主義の優れた点が、実証結果の裏付けを伴ってさらに論じられている。そこでは、以下の4つの民主主義の優位点が挙げられている。
- 民主主義は長期的な成長率をより予測可能な形で実現する。
- 民主主義は短期的にもより高い安定性を生み出す。
- 民主主義は逆境によりうまく対処する。
- 民主主義はより良い所得分配をもたらす。
ここで注意すべきは、民主主義と成長率との直接的な相関関係については優位性として挙げられていないことである。彼の示した図1では、民主主義と経済成長率の正の相関関係が一応示されているが、それがボツワナというアウトライヤーによるものであることをロドリックは認めている。その代わり、成長率の(平均ではなく)変動性と民主主義との相関についてロドリックは強調している。その点は、10/14エントリで紹介したイースタリーの議論と共通するところである。