適応的期待から適応的学習へ

昨日一昨日Rajiv Sethiのブログで引用されたHowitt論文を紹介したが、このSethiエントリは評判が良いらしく、各所で言及されている。Fed WatchのTim Duyも直近のエントリでリンクしていたが、驚いたことに、セントルイス連銀のブラード総裁がそれに反応し、Duyに自らメールを送って寄越したという。その中でブラードは、Howitt論文も結構だが、お宅の大学(=オレゴン大学)にはこの分野の第一人者――ブラード自身も最近の例の論文で引用した――がいるのだから、その人の研究を参照したらどうか、と書いている。
それを受けて、Duyの同僚のMark Thomaが、件の第一人者、即ちジョージ・エバンス(George Evans)をカメラの前に引っ張り出し、今回のコチャラコタ騒動についてエバンスの最近の論文を基に解説させた*1


この録画でエバンスは、BSU論文と自分の最近の共著論文からそれぞれ持ってきた2つの図を基に、低位均衡の不安定性を解説している。
ちなみに、小生の以前のエントリデロングのこのエントリでは、単純に自然利子率と実質金利の比較でそれを論じたが、Howitt論文にあるように、合理的期待革命以降はその手法は公式の研究では禁じ手となった。というのは、その手法では適応的期待が前提となるためである。その代わり、学習を前提とした理論で安定性を論じること――その場合の安定性は「E-stability(expectational stability)」と呼ばれる*2――が通常の手法となった。中でも適応的学習が良く使われ、エバンスの今回の論文もそれを使用している。


エバンスがBSU論文から引っ張ってきたのは以下の図である。

ここで横軸πはインフレ率、縦軸Rは金利である*3。π=π*が政策目的となる均衡、π=βが低位均衡(デフレの罠の均衡)である(βは主観的割引率)。


これに対応するエバンス論文の図が下図である。

録画の中でエバンスは、この図は以下の2つの式から導いた、としている*4

ニューケインジアンフィリップス曲線
πt=F(πet+1, ct, gt)       (cは消費、gは政府支出、上添え字のeは期待値を表す)
ニューケインジアンIS曲線
ct=cet+1・(πet+1/βRt)σ   (通常のオイラー式)

このπet+1とcet+1について適応的学習を当てはめ、上のπとcの位相図を導出した、というわけである。

この位相図には緑破線が引かれているが、これより右側にあれば星印のインフレ目標の均衡に収束し、左側にあれば実質金利の上昇と消費の減少のスパイラルによって赤矢印のようにデフレが悪化していく。即ち、緑破線の左側はデフレの罠の領域、右側は安定領域であり、緑破線はその境界線ということになる。丸印の低位均衡は鞍点であるが安定的ではなく、この点から少し外れるとすぐにどちらかの経路に乗ってしまう。


この時、金利を上げるとどうなるか。エバンスによれば、緑破線が右にシフトし、デフレの罠の領域が広がってしまう、とのことである。従って、現在のように境界線付近をうろうろしていると思われる状況では、金利引き上げは景気を確実に悪化させる。


では、安定領域に戻るにはどうすれば良いか。エバンスは、通常挙げられている手法、即ちゼロ金利の長期化、量的緩和、そして財政政策がやはり有効なのではないか、と述べている。

*1:ただし、この録画ではエバンスもThomaもコチャラコタなどの固有名詞は出していない。

*2:この辺りの日本語での解説としてはこの論文が詳しい(2013/4/11:リンク切れに伴いリンク先修正[旧リンク先=http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/data/wp04j04.pdf])。

*3:いずれも通常の率に1を加えた値としている。即ち、πt=Pt/Pt-1、Rt=1+rt

*4:論文では当然ながらもっと詳細な定式化がなされている。