生産性と自然利子率

バーナンキの議会証言を巡って、生産性とデフレの関係が日本のネット界隈で改めて論議の的になっている。


そのバーナンキの議会証言はC-SPANで視聴できる。問題の発言は02:25:00付近からであるが、wrong, rogue and logでテープ起こしがなされている。そこから生産性に関する部分を引用させていただくと、以下の通りである(ただし小生のヒアリングに基づいて一部修正を加えている)。

I think there are very important differences between the US and Japan. Some of them are structural. The Japanese economy is...been relatively low productivity in recent years, it's got declining labor force. So its potential growth rate is lower than the US, and it's been less vibrant economy in that respect.
(拙訳)
私の考えでは、米国と日本には非常に重大な違いがあります。その違いのうちのあるものは構造的なものです。日本経済では、近年は相対的な低生産性や労働力の減少が見られます。それによって日本経済の潜在成長率は米国より低いものとなっており、その点で米国に比べて活気に乏しい経済となっています。


これについて、岩本康志氏

米国が日本のようにデフレに陥るのではないかとの懸念から,米国と日本はどう違うか,という趣旨の質問に対する回答なので,・・・米国は日本のように生産性成長率が低くないからデフレに陥る危険は小さい,という趣旨の回答をしていると考えるのが自然だ

と解釈している*1。その上で、生産性成長率→潜在成長率→自然利子率の経路から、生産性成長率が低くなると自然利子率が低くなり、デフレに陥りやすくなる、と解説している。


小生もこの解釈には大きな異論は無い。ただ、岩本氏が生産性成長率と生産性の違いにこだわる点には少し違和感を抱いた。普通に考えれば、低い生産性成長率が続けば水準としての生産性も低くなり、高い生産性成長率が続けば水準としての生産性も高くなるので、両者を同義に使ってもさほど問題は生じないように思われるからである。
この点について岩本氏は、以下のようなケースでは両者の意味が逆になるとして注意喚起している。

いま一時的に「生産性の低下」が生じたとしよう。このときは,現在の低い生産性水準から将来の正常な生産性に向けて「高い生産性成長率」が生まれる。つまり,「生産性の低下」と「生産性成長率の上昇」は,同じことになる。

注意すべきは、岩本氏がここで暗に生産性についてトレンド定常性を仮定している点である。しかし、かつてクルーグマンとマンキューが激しくやり合ったように、この仮定を置くのには相当の慎重さを要する。例えば現在の日本の生産性の低さが将来の生産性成長率の高さを約束している、と信じるのは相当の楽観論者に限られるのではないだろうか。


また、岩本氏は

流動性の罠の状態から,生産性成長率が高まると,自然利子率が高まり,政策金利(ゼロ金利)との差が縮小して,デフレが弱まるか,デフレから脱却できる。

とも述べている。だが、生産性成長率が低いために自然利子率が低くなってデフレに陥りやすくなるのだとしても、生産性を上げればデフレからそれほど簡単に脱却できるのだろうか? 単純に考えれば、仮に生産性上昇によって自然利子率が上昇したとしても、潜在成長率も上がっているわけだから、需給ギャップへの影響は一意ではない*2。もしその場合に需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。
もちろん、この点については、その場合には金融政策の効きが良くなるので需要も増加しやすくなるのだ、という議論があろう。例えばデビッド・ベックワースは、そうした場合は放っておいても需給ギャップは消滅するので、むしろ物価下落が継続していたとしても金融緩和を改めるべきなのだ、とまで主張している。だが、ベックワースのそうした主張も必ずしも学界のコンセンサスを得ているわけではなく、この点について明確な結論が出ているとは言い難いように思われる。実際、ホール述べているところによると、最近の米国の景気後退が生産性上昇を伴っていることが、現在の研究者にとって頭を悩ませる一つの課題となっており、クルーグマン最近のブログエントリでその点について懸念を表明している。

*1:ちなみに飯田泰之氏は、質問は学術的に厳密な意味でのデフレを指しているというよりは、デフレを伴う不況というもっと広義の趣旨ではないか、と指摘している。

*2:cf. ここで示した模式図の[A]と[E]。[E]において自然利子率が上昇して実質金利との差が縮まったとしても、[A]においてYfが上昇してYとの差が開く可能性がある。例えば池田信夫氏は、コブ=ダグラス型関数を用いて、生産性上昇がYfとYに同等に働くのであれば、需給ギャップ (Y-Yf)÷Yf が変化しないことを以前に示している。また、飯田泰之氏と村上尚己氏のこちらのtwitterでのやり取りでは、生産性の変化がYfに与える影響が強調されている。