金融危機は潜在GDPを低下させるか?

Econbrowserの5/18エントリで、メンジー・チンが表題のテーマについてのOECD論文を紹介している。
その論文によると、

  • 1960-2007年のOECD諸国を対象に実施した研究によると、金融危機は潜在GDPに恒久的なマイナスの効果を与える。
  • その程度は、平均して1.5-2.4%。
  • 深刻な金融危機だと、4%に達する。
  • 潜在GDPの計測手法、研究の手法、サンプル期間を変えても結果は同様であった。

という。

論文の著者によると、金融危機が潜在GDPに与える直接的な効果は以下の通り。

  • 投資環境の悪化(需要の後退、資本コストの不確実性とリスクプレミアムの増大、融資をはじめとする資金調達環境の悪化)による投資マインドの低下。
  • 労働市場の悪化による履歴効果を通じた構造的失業率の上昇。
  • 高失業率を見て職探しを諦める労働断念効果(discouraged worker effect)。ただし、一方で所得低下により主婦が働き始める労働追加効果(additional worker effect)もあるので、労働力参加率への影響は一意ではない。また、職探しを諦めた人の中には自分への教育投資を行なう人もいるだろう*1
  • 危機により技術革新への投資が低下し、リスクプレミアムの上昇により研究開発投資も削られることによる全要素生産性の低下。ただ、企業のリストラやX効率性*2の増大により全要素生産性が高まる効果もあるので、最終的に全要素生産性がどうなるかは不定である。

また、政府の景気対策がもたらす以下のような間接的な効果もあるという。

  • インフラへの投資による潜在GDPの上昇。
  • リスク配分の歪みや、過度のリスク受容をもたらし、長期的な成長に悪影響を与える。
  • 政府規模と公債規模の増大が恒久化し、成長に悪影響を与える。
  • 構造改革への反対勢力を弱め、政府が改革を推進しやすくする効果。

チンはまた、CBOの推計する潜在GDPが、危機を反映して低下していることも指摘している。具体的には、今年1月に発表されたCBO資料から、今後10年間の潜在GDPの成長率を年率0.1ポイント下げて2.3%としたという記述を引用している(=10年間では1%の低下)。
ちなみにOECDの12月のエコノミック・アウトルックでは、米国の潜在GDPの年間成長率を、2007年の2.6%に対し2008-2010年予測では2.3%に下げたとの由。


3/1の本ブログのエントリでは、実際に観測されるGDPを下回るほど潜在GDPが大きく落ち込んだ可能性を描いたチンの模式図を紹介したが、上述のCBOOECDの推計程度の落ち込みであれば、その心配は無さそうに思われる。もちろん、彼らの推計が甘すぎる可能性は否定できないが…。


また、以前取り上げた単位根論争(cf. ここここここ)では、危機の後に成長率が高くなるとは限らないというマンキューの見解を紹介した。上記のOECD論文は、その見解を支持するようにも思われるが、ただ、5年で4%程度の落ち込み(99%信頼区間の下限を取ると7%の落ち込み)ならば、やはり需要の回復の方が実際のGDPの主たる決定要因になるようにも思われる。

*1:cf. ここで紹介したknzn氏の意見。

*2:cf. Wikipedia説明。ちなみにここでは引用を省略したが、永井陽之助氏も「現代と戦略」の第二次世界大戦中の米国経済に触れた箇所で、戦争中はX非効率が減少したということを書いている。