クルーグマンが3/3ブログエントリで、温暖化対策に関する覚書にリンクしている。その覚書で彼は、トービンのq理論を応用した位相図を描いているが、そうした位相図に個人的に馴染みが無かったので、ぐぐってみたところ、この文献を見つけた。そこで、その文献を元に、自分なりにこの位相図に関して理解したところを、簡略化して配当割引モデルに落とし込んだ形で記してみたい。
以下では、以前配当割引モデルについて書いた時の記号を使用する。すなわち、
k:割引率、 r:資本利益率、 Bt:t時点の資本
とする。また、t時点の投資をItとする。
この時、企業の利益最大化問題は、
と表せる*1。この場合のラグランジアンは、各期の未定乗数をqt(1+k)tとして
となるので、これをBtで微分すると
r+qt-(1+k)qt-1=0
が得られる。ここでqt-qt-1をと置き、添字のtを省略して連続的な形に書き直してやると、
となり、これを変形すると
となる。この式の右辺の第一項は、前記エントリで見たように、成長が無い場合の配当割引モデルのPBR理論値である。従って、トービンのqは、右辺第二項がゼロの場合は、PBRの理論値に一致し、一定値となるわけだ。
しかし右辺第二項がプラスの場合は、qはどんどん増加していってしまう。逆にそれがマイナスの場合は、qはどんどん減少していってしまう。つまり、この第二項はいわばバブル項とでも呼ぶべきもので、qが理論値から少しでも外れると、その乖離が時間を追って拡大していくことを示している。
このバブル項についてもう少し考えてみよう。上の式はまた、
のようにも変形できる。ここで株価Pを導入し、qをPBR、すなわちP/Bに等しいと考えて書き直すと
となる。この式の右辺第一項はPERの逆数、即ち益回りに他ならない。左辺のkは期待収益率である。即ち、右辺第二項がゼロならば、期待収益率が益回りに等しいという、やはり成長が無い場合の配当割引モデルでお馴染みの関係に帰着することが分かる。
この時の右辺第二項はqの変化率であるが、それがゼロでないならば、それだけ期待収益率が理論値である益回りから乖離することになる。つまりqの変化率は、株式投資収益率におけるバブル項を表していると捉えることができる。
上式をさらにPについて書き直してみよう。
株価が、本来の利益率rだけでなく、それにqの変化幅が上乗せされたものの割引現在価値になっていることが分かる。その上乗せ分が、株価(ないし利益率)におけるバブル項ということになる。
なお、これまで利益率rは一定と考えてきたが、収穫逓減則に従い、資本Bが増加すると減少するものとしよう*2。すると、{q,B}平面において、q=r/kの直線は右下がりになる。これは言い換えれば、の直線である。そして、上で見たように、少しでもその直線から外れると、どんどん乖離していくことになる(下図)。
また、q>1ならば投資が行なわれて資本が増加し、q<1ならば資本が償却されて減少し、q=1ならば資本は一定値という関係より、{q,B}平面において、の関係を表す線は、q=1の直線となる*3。これと上の線を組み合わせると、前述の文献の図1を得ることができる(下図;ここでは資本がBではなくKになっていることに注意)。
この位相図においては、qがともすれば(バブル項のせいで)の直線から離れてあらぬ方向へ行ってしまうのを、の線が防いで、両者の交点に収束させる、という働きを示している。ただ、{q,B}平面上のすべての点でそうした収束をもたらされるわけではなく、あくまでも両直線の間に挟まれた狭い方の領域に限られる。こうした形での収束経路をsaddle pathという。
冒頭で触れたクルーグマンの覚書は、この位相図をそのまま応用しているわけだ。ただ、その使い方には疑問も残る。というのは、クルーグマンはトービンのqではなく、カーボン価格をそのまま縦軸に持ってきているからである。トービンのqは、上述のような資本と利益の関係の下に導出されているわけだが、彼がそこで資本に見立てている炭素の蓄積量には、企業の投資や利益とそのような関係があるとは考えにくい。従って、トービンのqと関係付けて考えるのではなく、単にカーボンの価格付けという観点から捉えるべきだろう。ということは、通常の市場価格メカニズムが働くと考えて良いということであり、バブル項を前提としている上図のような位相図を考えるのはやや筋違いのように思われる。