大脱走

昨日(と言っても日本時間で言えばほぼ今日)、サンフランシスコ連銀で「Financial Market Imperfections and Macroeconomics」という一日掛かりのセミナーが行なわれたらしい(Economist's View経由)。スケジュール表を見ると、イエレン総裁自身が開会の辞と晩餐の挨拶を務め、スヴェンソン・リクスバンク副総裁が晩餐のスピーカーになっている。


発表者も討論者も錚々たる顔触れが揃っているが、その中でも、清滝信宏プリンストン大学教授と、今ある意味旬の人であるEggertsson等4人による共同発表が目を惹いた。タイトルは「The Great Escape? A Quantitative Evaluation of the Fed’s Non-standard Monetary Policy」となっている。
幸いにも発表者の論文へのリンクも張られているので、発表内容を凡そ把握することができる。論文の梗概は以下の通り。

This paper extends the model in Kiyotaki and Moore (2008) to include nominal wage and price frictions and explicitly incorporates the zero bound on the short-term nominal interest rate. We subject this model to a shock which arguably captures the 2008 US financial crisis. Within this framework we ask: Once interest rate cuts are no longer feasible due to the zero bound, what are the effects of non-standard open market operations in which the government exchanges liquid government liabilities for illiquid private assets? We find that the effect of this non-standard monetary policy can be large at zero nominal interest rates. We show model simulations in which these policy interventions prevented a repeat of the Great Depression in 2008-2009.
(拙訳)
本論文は、清滝=ムーア(2008)のモデルを拡張し、名目賃金と価格の摩擦を取り入れ、短期名目金利のゼロ下限も明示的に組み込んだ。我々はこのモデルに対し、2008年の米国金融危機をほぼ正確に再現するショックを加えた。ここでの我々の問題意識は、ゼロ下限によって金利引き下げができなくなった場合、政府が非流動的な民間資産を流動的な政府負債に交換するという非伝統的な公開市場操作の効果はどの程度か、ということである。我々は、その非伝統的な金融政策の効果が、ゼロ金利において大きなものになり得ることを見い出した。我々のモデルシミュレーションは、そうした政策介入が、2008-2009年に大恐慌の再来を防いだことを示している。


そのゼロ金利における政策介入の効果を示したのが、以下に引用する論文の図10である。

これを見ると、ゼロ下限制約が無ければ金利は約-3.5%まで下がっていたことになる(赤点線)。その場合、生産とインフレ率の低下は最大約4%であるが、それに政策介入を加えていれば、いずれも1%ほど改善していたことが分かる(赤実線;金利も-2%までの低下で済む)。一方、ゼロ下限制約を取り込むと、何もしなければ生産は一割近く落ち込み、インフレ率も-8%に近づいてたことになる(青点線)。政策介入のお蔭で、いずれも4%ほど改善する(青実線)。つまり、ゼロ金利制約の下では、そうした制約が無い時に比べ、政策介入は約4倍の効果を持つのである*1


また、論文では、極端なケースとして、ショックが2年ではなく(大恐慌や日本の90年代のように)8年間継続した場合のシミュレーションも行なっている。それが以下の論文の図8である。

この場合、政策介入が無ければ、生産は2割近く落ち込み、デフレは15%を超えていた。政策介入により、それぞれ5%前後の低下で済むことになる*2。まさに政策によって大恐慌の再来というセカンドインパクトの虎口を逃れたことになるわけで、論文ではこれを「大脱走(The Great Escape)」と呼んでいる。


なお、このモデルのシミュレーションに際して鍵となる変数は、流動性資産が全体資産に占める割合(流動性比率=liquidity share)とのことである。危機の際、その流動性比率が2割以上跳ね上がったことが実際のデータから分かるが(下図=論文の図2)、これは政府(中央銀行)の流動性の供給と、非流動性資産にくらべ流動性資産の相対価格が上昇したという2つの効果が合成されたものになっている。FRB流動性供給は1兆ドルであることが分かっているので、これから流動性ショックの規模も算定することができるとの由。



…ちなみに当該セッションの討論者はジェームズ・ハミルトンとのことなので、ひょっとしたらEconbrowserで何らかの後報が上がるかもしれない。

*1:ちなみに論文の表2では、FRBのバランスシート拡大が生産に与える効果の乗数が示されているが、ゼロ金利制約が無い時が0.233、ある時が0.629で、その比率は2.7となっている。なお、この乗数はピーク値についてではなく、期間合計についてのものであることに注意。

*2:この場合の乗数は、ゼロ金利制約が無い時は0.288で標準シミュレーションの場合とそれほど変わらないが、ゼロ金利制約がある時は2.295に達する(前注と同じく論文の表2より)。