クリストファー・シムズのリフレ理論

VARを推奨する計量経済学者として有名なクリストファー・シムズプリンストンのHP)が、ゼロ金利制約下における金融・財政政策について小論を書いた
Economist's Viewで全文が紹介されているほか、サムナーも自分と意見を同じくするものとして取り上げている


以下はその第1節の前半と第5節の後半の拙訳。

I.ゼロ金利下限を扱った通常のニューケインジアンモデルが強く意味するところ


金融政策は、少なくとも2008年秋に至る数十年間の間は、金利政策と考えられてきた。ニューケインジアンの政策モデルは間違いなくそのように扱ってきた。ゼロ金利下限(zero lower bound=ZLB)では、政策当局者がさらに緩和的な姿勢を取ろうとする限り、金利は動かなくなる。表面上は、これは金融政策が麻痺状態にあることを意味するように見える。しかし、本書に収録されているようなニューケインジアンモデルでは、将来の金利の経路についての信頼できる約束という形で政策が実施されるならば、金融政策は有効になり得る、ということに関し概ね意見が一致している。こうした楽観的な結論は、Christiano, Motto, and Rostagno (2004), Eggertsson and Woodford (2003), and Eggertsson (2008)によって展開され、本書の論文でも見ることができる。


だが、そうした結論は、見掛けほど楽観的ではない。モデル上は、将来の政策スタンスに関する宣言を詳細に記し、人々がその宣言を信じると仮定するのは簡単だ。実際問題としては、将来の政策がいかに事細かに宣言されたとしても、その将来の政策の約束がどれほど確固たるものかについて不確実性がつきまとうことは避けられない。不確実性はボラティリティを意味する。新しい情報が、約束を果たすことの容易性についての人々の受け止め方を変化させるからだ。


大抵の先進国において中央銀行は、低い水準の安定したインフレを維持する約束を人々に納得させることに成功している。しかしこの信頼は、中央銀行がそうした約束を果たそうと行動してきたことにより何十年もかけて築かれたものだ。ゼロ金利下限という制約下では、中央銀行は将来の緩和政策を約束しなければならない、とモデルは結論する。インフレファイターとしての信頼を築き上げてきた中央銀行にとっては、一時的にインフレ率を増加させることを人々に約束することは、重荷に感じられるだろう。


通常は中央銀行が設定すると考えられる短期金利がゼロに貼り付いている時には、将来の政策に関する宣言はとりわけ疑いをもって受け止められるだろう。現時点の行動を何も伴わないからだ。


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V.何が良い政策か?


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財政政策がやはり重要なのは、適切な説明が実施されれば、将来の金融政策の行動についての約束の宣言が現時点の政策行動を伴わない場合に信頼を得られないかも知れない、という問題を改善するからだ。大規模な財政政策の効力は、インフレや将来の金融政策に対する意味合いについての議論を伴った場合、人々に信じられる可能性がより高くなる。


最近の米国、そして私が思うに日本でも、政府の債務や財政赤字政策に関しての議論は実質ベースでなされる傾向にあり、債務が部分的にはインフレで軽減されるということを明確に認識していない。もし人々が、現在の財政赤字は将来の大規模で不確実な増税や歳出削減に対応すると信じるようになれば、財政赤字の景気刺激効果は無きに等しきものになるだろう。