財政刺激が効果を発揮するタイミング

昨年の12/23にメンジー・チンが、ドイツ銀行のレポートを引用して、財政刺激策が効果を発揮するタイミングが、水準で見る場合と成長率で見る場合では違ってくることを強調した。それをさらにクルーグマンが12/27に引用して、話のポイントをより模式的な数値例で示した。


そのエントリでクルーグマンは、7700億ドルの財政刺激策の四半期ごとの支出が、下表の「Rate」のような推移を辿ると想定している(単位:10億ドル)。

Rate Change Cumulative GDP 成長率 執行% 累積執行%
2009Q2 35 35 35 1.00 1.00 4.55 4.55
2009Q3 80 45 115 2.29 1.29 10.39 14.94
2009Q4 110 30 225 3.14 0.86 14.29 29.22
2010Q1 120 10 345 3.43 0.29 15.58 44.81
2010Q2 125 5 470 3.57 0.14 16.23 61.04
2010Q3 120 -5 590 3.43 -0.14 15.58 76.62
2010Q4 100 -20 690 2.86 -0.57 12.99 89.61
2011Q1 50 -50 740 1.43 -1.43 6.49 96.10
2011Q2 30 -20 770 0.86 -0.57 3.90 100.00
2011Q3 0 -30 770 0.00 -0.86 0.00 100.00
2011Q4 0 0 770 0.00 0.00 0.00 100.00

このクルーグマンの想定では、2011年第2四半期に7700億ドルを使い切ることになっている(累積額=「Cumulative」列を参照)*1


ここでクルーグマンが強調するのは、財政刺激策のGDPの水準への影響は「Rate」ないし「Cumulative」に表れるが、成長率への影響は、Rateの前期差である「Change」に表れる、という点である。支出額の時系列推移は、上表にあるように、逆U字型になるのが通常のパターンである。そうすると、「Change」は途中でマイナスに落ち込んでしまう。そのことは、この3つの変数を下図のようにグラフ化するとより視覚的に理解できるだろう。


              (Cumulativeのみ右軸)

クルーグマンは、エントリの最後で、2010年の下期以降の景気を心配するのはこのためなのだ、と述べている。


なお、クルーグマンが自らの数値例で示したのはここまでだが、それをさらに成長率ベースに変換した方がより理解しやすいだろう。上表では第4列と第5列にその情報を付加してみた。
2009年第1四半期のGDP3兆5000億ドルであったと仮定し*2、その数字をそのまま延ばした場合に比べて、財政支出GDPを何パーセント押し上げたかを示したのが、上表の「GDP比」である*3。また、その前期差を取ったのが、「成長率」である。さらに、表の最後の2列には、財政支出がその期に全体の何パーセント執行されたか、および、その執行の累計値も併せて示した。
下図はそのうちGDP比、成長率、累積執行%をグラフ化したものである。

              (累積執行%のみ右軸)


ここで気付くのは、2009年第2四半期には、財政支出額全体7700億ドルの5%に満たない程度しか執行されていないが、成長率ベースでは直ちに最大限に近い効果を与えていることである。つまり、この数値例では、財政刺激が成長率に与える効果は2009年第3四半期の1.29が最大となっているが、2009年第2四半期も早々にそれに近い1%の効果を出しているのである。これは、巧まずして、以前紹介したレビンのクルーグマン批判の以下の文章への反論になっているように思われる*4

しかし財政刺激策? どうしてもっと必要だなんて言えるのだ? 財政刺激のカネの大部分が経済に入る前に景気が回復しているというのに。――それは必要がないという証拠ではないか?(But the stimulus plan? How can you be arguing for more? Since we are recovering before most of the stimulus money has entered the economy - isn't that evidence it isn't needed? How can you write as if you are proven right in supporting it?)

この数値例によれば、レビンの揶揄に反して、財政刺激のカネの大部分が経済に入る前に、それが景気が回復をさせることは十分に可能なわけだ。しかもここでは乗数効果は取り入れていないので、例えば乗数を2とおけば、その効果はさらに倍増することになる。

*1:なお、クルーグマンの表は2011Q2までしか示していないが、ここでは支出終了後の2四半期を付け加え、2011Q4まで示した。

*2:商務省経済分析局の数字によると、季節調整済み年率ベースで名目14兆1780億ドル、2005年基準の実質12兆9254億ドル。

*3:昨日のエントリで言えば、Δaも0と置いて(6)式と(7)式を比較した格好になっている。

*4:ちなみにレビンのこの文章については、池田信夫氏が全面的な賛意を示している