昨日のエントリでは、貿易自由化の経済への影響は中立というクルーグマン主張への批判の一つとして、サムナーの12/11エントリに触れた。
そのエントリでサムナーは、実際に貿易の自由度の変化が経済に影響を与えた例として、スムート・ホーリー法を取り上げている。マンキューはその部分に注目し、以下のように紹介している(拙訳)。
マクロ経済学者の一般的な見解によると、1930年代のスムート・ホーリー法は誤った政策だったが、大恐慌の厳しさの主要因ではなかった。経済史家のスコット・サムナーは、興味深いブログポストで、その後半の結論に疑問を投げ掛けている:
1930年の3月から4月にかけて、景気に回復の兆しが見られるようになった。株式市場は、1929年の大きな損失のかなりの部分を取り戻した(確かダウはあの有名な暴落時に200を大きく割り込んだが、4月には260を超えた。1929年の最高値は381だった*1)。しかし5月から6月にかけてまた状況が悪化し、株式市場は再び暴落した。何が5月と6月に起きたのか?
この期間の新聞の見出しを賑わせていたのは、議会でのスムート・ホーリー法案の審議だった。それが立法上の主な障害を越えるたびに、ダウは急落した。そのことは市場観察者には明らかであり、たびたび言及もされた。議会を通過した後、法案はフーバーに回された。大統領は1000を超える経済学者から、法案を拒否するよう請願されていた(拒否しても、議会に覆される恐れは無かった)。週末、フーバーは法案に署名する決意を固め、月曜日、ダウはその年最大の一日の下落を記録した*2。そしてスコットは、これらの出来事について、教科書的なケインズモデルと整合的に見える説明を提示している。具体的には、私が解釈したところでは、自由貿易からの後退がビジネスの信頼を減退させ、投資関数I(r)を左にシフトさせ、それによって総需要が減少した。
彼の議論からの一般的な教訓の一つは、総供給へのショックと総需要へのショックがしばしば区別しにくいということである。総供給に悪影響を与える政策や出来事(たとえば貿易規制)は、しばしば資本の限界生産力も低め、所与の金利に対する投資を減少させ、総需要も抑制する。短期では、「供給ショック」の間接的な需要への影響が、供給への直接的な影響を上回ることすらあり得る。
このことは、景気が回復しかけている今、心に留めておくべきことだろう。
ちなみに、実際のサムナーの論議は上のマンキューのまとめより少し込み入っていて、以下のようなことを書いている。
- 1930年の5月から6月にかけては、株式市場が下落するのと軌を一にして、商品価格や卸売価格も下落した。つまり、スムート・ホーリー法はデフレ的であった。これは、マイナスの供給ショックがインフレ的、という通常のケインズ経済学的な主張とは逆。
- スムート・ホーリー法を皮切りにした報復合戦は、世界経済に負の影響をもたらした。言ってしまえば、ヴィクセル的な均衡利子率が世界中で低下した、と考えられる。これはケインズが「信頼」の低下と呼ぶものだろう。
- スムート・ホーリー法により世界中で投資が停滞し、金利は低下した。金利は金を保有する際の機会費用と考えられるので、このことは金への需要を増やし、デフレを引き起こし、大恐慌を悪化させた。これは、サマーズ等が「Gibson’s Paradox and the Gold Standard」という論文でモデル化した金本位制下での金利と物価の相関という事象にほかならない。
- 貨幣数量式MV=PYを眺めると、実質経済Yが成長すればPにはデフレ的な圧力が働く、と考えたいところであるが、上述の通り、金本位制下ではPとYが同方向に動いてしまう。YとPが逆方向に動くのは、不換紙幣体制下で中央銀行が名目GDP(=PY)を適切に管理した場合に限られる。
- クルーグマンは財政刺激により需要、ひいては名目GDPが増加すると主張している。その際、金本位制下におけるのと同様に、金融当局が通貨供給に関して受動的な立場を取ることを仮定している(さもなければ政府支出が民間支出をクラウドアウトするだけに終わる)。そうすると、所与の通貨供給のもとで貨幣の流通速度が上昇し、名目GDPが増加するわけだ。
- 貿易の自由化による輸出の増加もまさにそれと同じ結果をもたらす。自由貿易の推進は株価を上昇させ(実際、NAFTAの議会通過時に株価は上昇した)、ビジネスの信頼感を上昇させ、ヴィクセル的な均衡利子率を上昇させる。そして、FRBが名目金利を一定に保っていれば、総需要が増加する。
輸入を無視して財政支出と輸出を同一に論じている箇所はやや無理がある気がするが、貿易と自然利子率に関連を見い出す考え方は面白い。日本の構造改革論者は、雇用改革や規制緩和といった国内政策を通じて自然利子率を上げることを提唱しているが、実は、貿易の回復が最も手っ取り早い自然利子率の上昇策なのかもしれない(…ただ、自力で採れる方策ではないが)。