七人のエコノミスト侍…(違

と題したエントリ*1で、デロングがシカゴ派の7人衆の論説を引用した上で撫で斬りにしている。


以下はその拙訳。

  1. セントルイスワシントン大学デビッド・K・レビン
    • 貴君(ポール・クルーグマン)に過去四半世紀の経済学の発展を教え込むのは至難の業だ。ジョン・コクランが、財政刺激について我々がその間に学んだことを貴君に教育しようとしたことを私は知っている*2
    • しかし財政刺激策? どうしてもっと必要だなんて言えるのだ? 財政刺激のカネの大部分が経済に入る前に景気が回復しているというのに。――それは必要がないという証拠ではないか? どうして自分のその政策への支持が正しいことが証明されたような書き方ができるのだ?
       
  2. シカゴ大学ジョンコクラン
    • 財政支出が景気を刺激すると言う話は]1960年代以降は院生に教えられたことはない。それらは誤りが証明されたおとぎ話なのだ。ストレスの掛かった時に子供時代に聞いたおとぎ話に逃げ込むのは安心感を与えるが、だからと言ってその誤りが減じるわけではない。
    • ポール[・クルーグマン]のケインズ経済学は、人々が同一所得下でもっと消費し、もっと投資し、もっと税金を払うという論理的に矛盾した計画を立てることを要求する。
       
  3. シカゴ大学ロバート・ルーカス
    • クリスティーナ・ローマーについて言えば、私は次のようなことが起きたのだと思う。彼女の仕事の第一日に誰かがこう指示した。あなたはこの問題の回答、財政刺激策を擁護する報告を、月曜の朝までに提示しなくてはならない。財政刺激策がどのようなものになるのか、誰も彼女に伝えていないのにも関わらず。・・・それは諸々の理由によって既に策定された政策に対する、なりふり構わぬ合理化だ。
    • もし税金をある人から徴収して橋を作り、橋の建設業者に支払いを行なったら、差し引きゼロだ。・・・乗数を適用する対象などない(笑)。橋の建設業者に乗数を適用した後に、橋の建設のために税金を徴収した人にマイナスの同じ乗数を適用しなくてはならない。知っての通り、税金の徴収を遅らせても同じことだ。
       
  4. アリゾナ州立大学のエドプレスコット*3
    • なぜオバマがすべての経済学者が[財政刺激策法案の必要性について]賛成していると言ったのか分からない。彼らは皆が賛成しているわけではない。三流大学で意見を募ればそうなるだろうが、それらの人々は科学を進歩させる人々ではない。
    • 20年代は健全な成長の時期だった。フーバーが反市場、反グローバリゼーション、反移民、カルテル支持の政策を導入し、景気拡大を終息させ、大恐慌を引き起こすまでは。
       
  5. シカゴ大学ユージンファーマ
    • すまないが、私は[ハイマン・]ミンスキーの仕事については良く知らない。
    • それ[ポール・クルーグマンの記事]は読んでいない。私は彼に何ら関心がない。
    • 政府による救済と財政刺激策は解決にならない。問題は単純だ。救済と財政刺激策は国債をもっと発行することにより賄われる(カネはどこからか来なければならない!)。追加債務は、本来は民間投資に回るべき貯蓄を吸い上げる。結局、遊休資源があっても、救済と財政刺激策が現在使用されている資源に追加をもたらすことはない。それらは単に、使用中のある資源を別の用途に振り替えるだけだ。
       
  6. シカゴ大学ルイジ・ジンガレス
    • ケインズ経済学は、政治家と一般市民の心を共に掴んだが、それは無責任な行動を正当化する理論的根拠を与えるためだ。医学は、一日一杯か二杯のワインは長期的な健康には良いということを示したが、アルコール中毒からの回復のためにこの療法を薦める医者はいない。不幸にも、ケインジアンの経済学者がやっているのはまさにそれだ。彼らは、我々のカネを支出する中毒になっている政治家に、政府支出は良いことだと説く。そして、お買い物中毒になっている消費者に、消費は善、貯蓄は悪、と説く。医学では、そうした振る舞いは業界からの追放を招く。経済学では、それによりワシントンでの仕事に招かれる。
    • 過去20年間の37のノーベル経済学賞受賞者のうち、4人がマクロ経済学への貢献で受賞した。その中でケインジアンと見なせるものは一人もいない。実際、財政刺激の考えを支持する学界論文を探すのは難しい。
       
  7. セントルイスワシントン大学ミシェル・ボールドリン(Michele Boldrin)
    • 経済学者は全般に「財政刺激」と「銀行救済」の案を賢明で適切だと見なしているというのはおとぎ話だ。我々の知っている経済学者はほとんど反対している。・・・政権の外では、それらの案の熱心な支持者は、学界の専門の経済学者の中でごく少数派にすぎない。それらの案は共に、40年に亘る研究結果に矛盾しており、少数の利益集団を喜ばせるために策定されたものだ。
    • 財政刺激策を賄うために今借金すべき理由があるのか? 人々は将来について心配し、賢明にも支出を抑えている。このことは政府が介入して彼らの代わりに支出すべきことを意味しているのか? そのように考えると、財政刺激策に見込みがなさそうなことが分かる。
       


念のため:

  1. ポール・クルーグマンは過去四半世紀の経済学の研究に十分に通じている。(>レビン)
  2. 財政支出が景気を刺激すると言う話は、1990年代のドットコムブームや2000年代の住宅投資による景気拡大について院生に教えるものならば、誰もが口にする話だ。この点に関しては、政府支出は他のどんな支出とも同じくらいの効果がある。(>コクラン)
  3. クリスティーナ・ローマーは、ARRAの策定に重要な役割を果たした。(>ルーカス)
  4. 「科学を進歩させる」という言葉の意味が、エドプレスコットが思っている意味かどうかについては大いに議論の余地がある。(>プレスコット
  5. ユージン・ファーマは、キャリアのどこかでミンスキー=キンドルバーガーに少しは関心を持つべきだった(そして今はクルーグマンに関心を持つべき)。(>ファーマ)
  6. ルイジ・ジンガレスはこれ以上恥を掻く前にジョン・メイナード・ケインズの「How to Pay for the War」を読む必要が是非ともある。(>ジンガレス)
  7. 「学界の専門の経済学者」という言葉の意味が、ミシェル・ボールドリンが思っている意味だとは思わない。(>ボールドリン)


さらに念のため:

  1. マクロ経済的な市場の失敗がこれ以上急速な悪化することは無いからと言って、そうした失敗に対処する政策をすべて直ちに放棄する理由にはならない。(>レビン)
  2. 計画された総支出が所得と異なるモデルに何ら論理的矛盾は存在しない。実際、ミルトン・フリードマン、クヌート・ヴィクセル、デビッド・ヒュームの経済モデルはすべてそうだった。(>コクラン)
  3. 完全なリカードの中立性でさえ、政府による購買の変化が全体の支出に影響することを防ぐわけではない(政府の購買が民間消費の完全代替でない限り)。(>ルーカス)
  4. ハーバート・フーバーは米国の政治においては右派に属し、市場支持、グローバリゼーション支持、競争支持の経済政策を能う限り実現しようとした。(>プレスコット
  5. 貯蓄と投資の恒等は、均衡条件であって、行動の関係性ではない。従って、ある支出の形態の変化が、全体の支出フローをどのように変化させるか、あるいは変化させるか否かについては、そこからは何も言えない。(>ファーマ)
  6. 実際のところ、適切な条件下では、財政刺激の考えを支持する学界論文を探すのはむしろ簡単。探す気さえあれば。(>ジンガレス)
  7. 民間の債券価格が暴落し、国債の価格が急騰したということは、民間企業がもっと借り入れ(と支出)を減らし、政府がもっと借り入れ(と支出)を増やすべきという市場の非常に強力なシグナル。(>ボールドリン)


レビン、コクラン、ルーカス、プレスコット、ファーマ、ジンガレス、そしてボールドリンが間違えたこと自体が恐ろしいわけではない。人はしょっちゅう間違いを犯す。恐ろしいのは、その間違いの度合いである。それらは皆1年生レベル(言っても2年生レベル)の間違いである。しかも、7人のうち、2人はノーベル経済学賞受賞者なのだ(1年前ならば、3人の未来の受賞者もいる、と言うところであるが)。


これで背筋が寒くならなければ、あなたは関心がないということだ…。

*1:原題は「Shichinin no Economusutai--NOT!!」。「Economusutai」はEconomistと「隊」を掛け合わせた造語だろうか? ちなみにURL:rはa-magnificent-sevenで、この映画の原題の定冠詞を不定冠詞に置き換えたものになっている。

*2:ここでレビンが「fiscal stimulae」と綴りを間違えたことをデロングは注記で冷やかしている。以前Hicksianさんのところでも話題にしたが、この方はあまり綴りが得意でないようだ。

*3:コメント欄でも指摘されているが、ジャスティン・フォックスは、アリゾナに引っ掛けてプレスコットのことを無水学派(no-water economist)と評した。誰うま。