世帯所得の低下が意味するもの

ちきりん氏の7/30エントリが多くのはてブを集めている。そのエントリでちきりん氏は、厚生労働省国民生活基礎調査を元に、日本の各年齢層の世帯所得が1994年から2007年の13年間に低下していることを指摘している。ちきりん氏はまた、中でも50歳代の所得の低下が大きいことを取り上げて、この傾向を外挿すると、現在の30〜40歳代の人たちの所得は将来かなり下がっていくことになる、という悲観的な見通しを示している。


はてブの多くは指摘内容に賛同しているが、ちきりん氏の統計の扱い方に批判的なコメントも見られる。そこで、ちきりん氏の分析をもう少し深堀りしてみて、何か新たな考察が得られるかどうか見てみよう。


はてブの統計的な面の指摘で多かったのが、名目値ではなく実質値ではどうなるか見てみたい、という点である。そこで、国民所得統計の国内家計最終消費支出デフレータを用いて、2007年のデータを1994年ベースに引き直してみた。具体的には、同デフレータの1994年の値が101.0、2007年の値が94.1だったことを受けて、2007年のデータを101.0/94.1倍してみた。ちきりん氏の年齢層別平均所得グラフに、その調整後の系列を追加したのが下図である。

これを見ると、40歳代以下の世帯所得は、インフレ調整後(正確にはデフレ調整後)ベースでは、13年前とほとんど変わっていないことが分かる。50歳以上の世帯所得は低下しているが、その低下幅は名目ベースの6割程度に留まる。
ちなみに、全世帯の平均賃金の時系列推移を、調整前と調整後を並べて描画してみると以下のようになる。いずれのベースでも、現在の所得は、バブル絶頂期の1988〜89年頃の値に近いことが分かる。株価や地価と異なり、世帯所得はバブル崩壊からしばらく経った90年代半ばにピークを付けていたわけだ。



また、もう一つ多かった指摘が、世帯所得と言うのがミスリーディングではないか、という点。厚労省の発表資料には「世帯人員1人当たり平均所得金額」という指標もあるので、そちらを上図と同様に描画してみると、以下のようになる。


これを見ると、30歳代、40歳代の世帯人員1人当たり平均所得金額は、名目、実質いずれのベースでも、13年前よりむしろ増加していることが分かる。他の年代を実質ベースで見ると、20歳代と50歳代はやや減少、60歳代ではほとんど変化はなく、70歳代はやや増加している。
20歳代の減少については、以下の表のように、この年代だけ平均世帯人員が微増したことも影響したものと思われる。

<平均世帯人員> 1994 2007
29歳以下 1.79 1.83
30〜39歳 3.34 3.04
40〜49 3.75 3.38
50〜59 3.22 2.98
60〜69 2.83 2.53
70歳以上 2.57 2.18


なお、ちきりん氏が問題にした50歳代の所得の減少であるが、e-Statのより詳細なデータを見てみると、面白いことが分かる。


下表は、50歳代の世帯構造別の所得とその2時点間変化率である(ただし、e-Statの収録期間の関係から、1995年[ここの第42表]と2006年[ここの第70表]の比較とした)。

50-59歳 1995年 2006年 変化率(%)
総 数 850.3 760.7 -10.5
単独世帯 370.6 369.8 -0.2
男の単独世帯 476.2 447.2 -6.1
女の単独世帯 279.3 270.4 -3.2
核家族世帯 884.8 793.4 -10.3
夫婦のみの世帯 708.1 711.5 0.5
夫婦と未婚の子のみの世帯 999.4 888.4 -11.1
片親と未婚の子のみの世帯 582.7 480.9 -17.5
三世代世帯 1057.1 993.1 -6.1
その他の世帯 817.6 730.8 -10.6

このうち、全体の6割を占める核家族世帯に着目してみよう。核家族の中でも、夫婦のみの世帯は、むしろ平均所得が微増している*1。減少が目立つのは、未婚の子を持つ世帯で、1割以上下落している。
ちなみに50歳代世帯の有業者数は、1995年が2.08人(cf.ここ)、2005年が2.00人(cf. ここの第58表)なので、有業者の数の違いだけではこの変化は説明できない。そうなると、有業者の質に変化が生じたのではないかと推測される。それを確認するため、所得者構成のデータを見てみよう*2

50-59歳世帯の所得者構成比(%) 1995年 2006年
世帯主のみ 33.9 36.9
世帯主と配偶者 19.4 22.5
世帯主と子又は父母 18.9 14.1
世帯主と配偶者と子又は父母 20.4 17.5
世帯主とその他 5.8 6.2
世帯主に所得のない世帯 1.6 2.7

これを見ると、1995年時点では、4割近い世帯で同居する子供が働いていたが*3、2006年ではその割合が3割少しまで落ち込んだことが分かる。上で未婚の子を持つ世帯の所得が大きく減少したのは、その変化を反映したものと考えられる。NEET問題がここにも影を落としているわけだ。

*1:ちなみに単独世帯は、男女それぞれの単独世帯数が減少したにも関わらず、全体では微減に留まっているが、これは男女の構成比が変化したことによる。世帯主の年齢と世帯構造別世帯数を見てみると(cf. 1995年はここの第8表、2006年はここの第25表)、1995年は男女の単独世帯数の比率がほぼ半々だったのに対し、2006年は6:4になったことが分かる。
なお、上で見たとおり、この間の物価は約6%下落しているので、実質ベースでは、男女それぞれの単独世帯の所得も低下したとは言えず、女の単独世帯はむしろ増加したといえる。

*2:cf. 1995年はここの第21表、2006年はここの第45表。

*3:統計上は親が働いている分も含まれるが、50歳代という年齢を考えるとほとんどが子と考えてよいだろう。