中央銀行はどこまで監督すべきか?

少し前に本石町日記さんが、中央銀行が金融機関の監督・規制を行なう際の金融政策との利害衝突について取り上げていた。

そこでは、「海外では盛んにマクロプルーデンスの在り方が議論されている」と書かれているが、Economist's Viewの7/25エントリで、アラン・ブラインダー、アリス・リブリンという二人の元FRB副議長のこの問題に関する論説を取り上げているので、以下にそれぞれの内容を簡単に紹介してみる。


NYT論説でのブラインダーは、FRBが早期警戒システムとして金融監督の役割を担うことに肯定的である。そして、検出した問題に対する対応権限も併せ持つべきである、と論じている。その理由としては

  • 調査・警戒だけをFRBの業務として、問題が起きたらその担当省庁(証券業界ならSEC、というように)に連絡して対応は任せる、という方式は*1、複数分野にまたがる場合に調整が大変になる。
  • システミックな問題では、いずれにせよ最後の貸し手の出番があるだろう。ならば、FRBが最初から対応の権限を持って監督の役割を担うのが良い。

を挙げている。
さらに、FRBが担当するメリットとして、

  • FRBがやるならば、一から組織を作る必要はない。
  • 監督委員会のような組織を作ると、やはり各省庁の利害衝突の場になってしまう。

を指摘している。従って、現在財務省が考えているように、FRBが主、他は従、という関係が望ましい、というのがブラインダーの主張である。その際、FRBの権限拡大を懸念する声をなだめるために、消費者保護など他の権限を引き換えにするのもやむを得ない、とも述べている。


一方のリブリンの議会証言では、FRBが引き受けるべき監督機能について、より詳細に論じている。

彼女は、監督業務を以下の3つに大別している。

  1. 金融のシステミックリスクに対する早期警戒&是正措置(マクロ・システム・スタビライザー)
  2. レバレッジが行き過ぎた場合に是正させる権限
  3. 大手金融機関(Tier One Financial Holding Companies)の監督業務

このうち最初の2つの機能についてはFRBが引き受けるべき、とリブリンは主張している。
1番目のマクロ・システム・スタビライザーは、ブラインダーが論じた早期警戒システムに相当する。彼女はこれについて、オバマ政権が設立を構想している金融サービス監督協議会に任せると、省庁間の縄張り争いの餌食になってしまうので、あくまでも役割としてはFRBが主で金融サービス監督協議会が従とすべき、とブラインダーとまったく同様の主張をしている。彼女がそこで強調しているのは、規制をかいくぐって良からぬ結果を引き起こすインセンティブとのいたちごっこは永遠に続く、という点である。従ってその役割は、経済や金融の状態を不断に観察して金融政策を実施していく中央銀行の役割と相性が良い、というのが彼女の見立てである*2
また、2番目の機能については、従来の金融政策だけでは資産バブルと闘うツールとして不十分なので、FRBレバレッジをコントロールする権限を与えて、資産バブルに対応できるようにするべき、と主張する。FRBは既に株式の証拠金をコントロールする権限を持っているが(1929年の株式大暴落への反省として1930年代に付与された)、それを現代に合わせて拡張すべき、というのが彼女の趣旨である。


3番目は、バーナンキが25社程度と述べた銀行以外を含む大手金融機関の監督であるが、リブリンはこれには反対している。反対の理由としては以下の3つを挙げている。

  1. システミックリスクを実際にもたらす金融機関を事前に特定するのは不可能*3。今回の危機の際も、ベア・スターンズとリーマンという貯蓄を持たない金融機関がシステミックリスクをもたらした。AIGもしかり、LTCMもしかり。
  2. 重要な金融機関を囲い込んで、それらに厳しい規制を適用すると、結局、その外でリスクを取ろうという動きが強まるだろう。今回の危機が商業銀行の外からもたらされたように。
  3. 潰すには大きすぎる銀行をそのように囲い込んでしまうと、結局、政府保証の付いた銀行(GSE)の一団を作り出すことになるのではないか?*4

またリブリンは、このような監督の仕方は、経済学者よりもむしろ弁護士としての力量を必要とするものであり*5FRB内でそうした部門が増強されると、せっかくボルカー、グリーンスパンバーナンキの時代を通じて経済を運営する力を高めてきたのに、双頭化した組織として金融政策の効率性ならびに金融政策への敬意を弱めてしまうのではないか、と危惧している。さらに、そうした形での権限強化は、議会の警戒感を強め、介入を招くのではないか、ということも懸念している。


ではどうすべきか、というと、リブリンは、FSAに範を取って新たな組織を作るべし、と提言している。ただし、ここで彼女の言うFSAは日本の金融庁ではなく、英国の金融サービス機構である。とはいえ、英国のFSAも今回の危機の対応は十分では無かったので、それよりは効率的な組織にすべき、という断りを入れることを忘れてはいない。

*1:ブラインダーはこれを家庭医と専門医の関係に喩えている。

*2:個人的には、この議論から往年の悪名高い窓口規制を連想してしまったのだが…。

*3:この点についてThomaは、金融機関の相互関係をきちんと把握していれば、事前の特定も可能ではないか、とコメントしている。

*4:日本で言えば、かつての護送船団方式のようになってしまうのでは、ということか。

*5:この言葉は、日本のかつての(今も?)大蔵省の法学部出身者による金融行政の支配を想起させる。