カナダからのブログ・流動性の罠におけるフィリップス曲線


「Canucks Anonymous」エントリ紹介シリーズの9回目(取りあえず最終回)。今日は6/1エントリ

流動性の罠におけるフィリップス曲線


本エントリではフィリップス曲線を論じるが、独立した単独の式としてではなく、他の均衡関係とどのように相互作用するかを理解することに特に重きを置きたい。現代のフィリップス曲線は、次のように定式化される:


 PC: Infl(t) = a*E(infl(t+1)) + b*OutputGap;   a > 0, b < 0.


右辺第一項が将来の期待インフレであることに注意しよう。これは、フォワードルッキングでありかつ名目摩擦の制約(例:製品の需要の振れに応じて賃金を連続的に調整することができない)下で価値最大化を目指す企業が存在する経済において、厳密な形で導かれる定式化である。これにより、70年代に大失敗した実証結果から導かれたフィリップス曲線とは別物になっている。このバージョンでは、期待インフレが産出を増加させずに現在のインフレを上昇させるだけであることを明示的に定式化し、ルーカス批判をかわすことを狙っている(ただ、標準的なバージョンでは潜在的な摩擦を完全に捉えきれておらず、一般化されたルーカス批判はかわしきれていない。その点についての改善もこれまでいくつか提案されている)。


また、b < 0が意味するところ、つまり、OutputGapの定義が、産出ギャップが大きいほど産出が小さくなる形式であり、実際の経済が潜在力からどれだけ下にあるかのギャップになっていることにも注意しよう。このギャップがマイナスになること、すなわち「潜在力」以上の状態で経済が運営されることもあり得る。従って、ここでは「潜在力」とは硬直的な制約ではなく、弾力的な制約なのである。「潜在力以上」の産出とは、インフレ圧力の存在を意味するものと理解されたい。


フィリップス曲線について理解すべき重要なことの一つは、どのような理論的形態に基づくにせよ、高インフレから高産出への因果関係を主張することはない、ということである。理論が主張するのは、あくまでも高産出と高インフレが共に発生しやすいということであり、それは両者が共に強い総需要によって引き起こされるのが通例であることによる。


このこと、および他の同様な考察により、フィリップス曲線を使うには、この曲線を総需要均衡の決定要因と関連付ける必要があることが分かる。そうした要因の一つが(お馴染みの)消費のオイラー式であり、もう一つが次のフィッシャー式である:


 FE: 1+i = (1+r)*(1+E(infl));   iは名目金利, rは実質金利


フィリップス曲線だけに基づいて分析するのは正しくない。消費の時間経路、インフレ、金利(名目、実質ともに)は、3つの式を同時に満たさなくてはならないのである。


インフレ期待上昇の影響


まず、PC(フィリップス曲線)式自体では、期待インフレの上昇は産出をまったく変化させず、現在のインフレを上昇させるだけであることに注意しよう。期待インフレの上昇が産出に与える影響は、名目金利の動きにかかっている。


特に、(中央銀行名目金利を政策目標にしているといった理由で)名目金利が変化しなければ、フィッシャー式により実質金利が低下し、消費のオイラー式から総需要増加が導き出される。


逆に、中央銀行が期待インフレと同幅で名目金利を引き上げたら、実質金利と総需要は変化しない。そして、中央銀行が期待インフレ上昇以上に名目金利を引き上げたら、実質金利は上昇することになり、総需要は減少する。


流動性の罠のもとでの政策についての2つの重要な結論


フィリップス曲線と他の2つの式との関係は、2つの重要なポイントを明らかにする。

  1. インフレの高まりは本格的な景気回復に先行するものである。産出ギャップが閉じた後にはじめてインフレが顕在化するというのは考えにくい。
     
  2. 本格的な回復は、インフレが始まった後も中央銀行がしばらく名目金利を低く据え置いた場合にのみ達成される。中央銀行は、産出増加のためには、ある程度のインフレを一定期間許容しなければならない。

3つの式を併せ見ると、流動性の罠のもとでは、金融政策が十分な量のインフレを許容しない限り、本格的な景気回復は生じ得ないことが分かる。