カナダからのブログ・オイラー式と流動性の罠


「Canucks Anonymous」エントリ紹介シリーズの7回目。今日は5/26エントリの2つ目

オイラー式と流動性の罠


本エントリは、直近のエントリの続きである。
自然利子率というのは、完全雇用下の実質金利である。この金利は、消費のオイラー式と、投資における企業利益最大化条件――実質金利と資本の限界収益率の均等化――から同時決定される。


何らかの理由により、経済で支配的な実質金利が自然利子率より高いものとしよう。オイラー式というのは効用最大化条件に過ぎないので、各主体は常にその条件を満たす消費を選択しようとする。各主体にとって、今日の消費水準は選択変数だが、実質金利は所与のものであることに注意しよう。もし実質金利が自然利子率に比べ高すぎるとすると、1/(1+r)は低すぎることになり、オイラー式を満たすために明日と今日の消費の限界効用の比を下げる必要が生じる。この比を下げる方法は、今日の消費の限界効用を上げることであり、それは今日の消費を抑えることを意味する(限界効用逓減により、消費水準が高いと限界効用は低くなる)。


このことは流動性の罠においては重要である。というのは、言うまでもなく、流動性の罠というのは経済で支配的な実質金利が高すぎる状況だからである。自然利子率がマイナスの時、名目金利がゼロでも、実質金利がマイナスになるのはインフレが期待される場合のみである。もし期待インフレがゼロだとすると、各主体が感受する実質金利はゼロになる。個々の主体は支配的な実質金利を変えることはできないので、彼らは皆自分の効用を最大化しようとして今日の消費を減らし、今日から明日にかけての消費経路が効用最大化を満たすようにしようとする。その結果、実質金利ゼロが正当化されるような均衡が達成されるが、その時の総需要は完全雇用を支えるには小さすぎることになる。


6/11エントリに対し、nanashiさんが、Adam P氏の考えは小野不況理論と違っていた、とコメントされたが、むしろこのエントリでその違いがはっきり出ているように思う。Adam P氏の考えには、流動性選好や貨幣愛といった小野理論(ないしケインズ理論)で重要な役割を担う要素は(少なくとも前面には)出てこない。
もちろん、話の大きな枠組み、すなわち、人々の需要が実物ではなく貨幣に向かうために不況が起き、流動性の罠に陥る、という点は共通している。また、投資よりはむしろ消費の減少を論じた点で、Adam P氏と小野理論とは共通しているように思われる。ただ、Adam P氏においては、あくまでも、消費のオイラー式や、企業の収益率と金利の均等化といった標準的なミクロ経済学の道具立てを用いて議論を進めているのが大きな特徴となっている。その点ではむしろ、クルーグマンのIt's baaack論文を敷衍したもの、と捉えることができるだろう。