もやもやサマーズ2

サマーズについて検索していたら、たまたまこんなニュース動画サイトを見つけた。ボストンの商工会議所で10月末に講演した時の動画(約25分)がフルで見られる。


2つのアメリカン・ジョーク(アインシュタインが天国に行ったときの話*1、J.P.モルガンが株価予測について尋ねられたときの話*2)を導入に、米国次期政権が直面する5つの問題について話している。ざっとまとめると以下の通り。

  1. 金融危機
    • 信用の問題が重要。世間一般の信用の問題と同様、その回復には迅速な行動、言葉よりも行動が重要。
    • ブッシュ政権の対応は15ヶ月遅すぎ、額も少なすぎた(a day late and a dollar short)。流動性供給は後追いではなく先手を打つことが重要。資本注入も過剰注入くらいが丁度良い。
    • 健全な金融なしに健全な経済なし。逆も真なり。実体経済への影響という点で一例を挙げると、サマーズがハーバード学長時代に導入した院生向け優遇ローンが、3週間前、金融機関の事情により撤廃された。そうしたことが各所で起こっている。
    • 市場は過剰反応する。よって政策も過剰反応気味に実施する必要。
  • 金融システムの改善
    • 米国の金融システムは、新規事業への資金供給などの効率性という点では世界随一。しかし、最近約3年ごとに問題が発生している(アジア危機、LTCM、ITバブル、エンロン)…安定化が必要
    • 派生商品の決済機関、および一社の破綻が全体の同様につながらない仕組みの整備(昨日エントリの2番目の動画での発言と同内容)。
    • その他、以下のような問題。
      • 現在の金融監督規制が、(日本で言う)晴れの日に傘を貸し雨の日に傘を取り上げるような行動を促進している
      • 金融システム内における格付け機関などの利益の衝突
  • 包括的(inclusive)な繁栄
    • この問題は金融危機が始まる前は最重要課題だった。今後5〜10年の長期スパンではやはり中心的課題*3
    • 2001年に始まった直近の景気拡大は、250年の米国史上で初めて、終了期の家庭の平均購買力が開始期を下回った景気拡大だった。これは格差拡大という長期的傾向の一環。
    • (サマーズが教鞭を取り始めた)1979年に比べ、毎年7000億ドル(一人当たり50万ドル)が最上位階層1%に移転し、同額(7000億ドル)が下位80%から失われた。80〜99%の階層はほぼ変わらなかった。
    • 所得不平等も問題だが、それによる平均寿命の格差、階層の固定化といった機会不平等がもっと問題。
    • 最高課税率が90%(アイゼンハワー時代)や70%(ケネディ、ジョンソン、ニクソン時代)、50%(レーガン時代)だった頃に税制を戻せ、とは言わない。しかし、クリントン時代の税制に戻すべき。その時代は、今より高い税率のもとでかつてない成長が経験できた。税制をその時代に戻せば、財政赤字も軽減し、弱者救済に回す余裕もできる。
    • グローバル化が地域崩壊につながらない方策が必要。会社も富裕層の資産も外国に容易に移転できるが、一般の労働者はそうはいかない。会社や富裕層の資産が外国に出て行った場合、グローバル化による競争の激化に加えて、税金の重荷も彼らにのしかかることになる。それはあまりにも不公平なので、彼らの不満が爆発するのも無理は無い*4。そうしたグローバル化による労働者の生活水準低下を防ぐ国際的制度が必要。
  • ヘルスケア問題
    • クリントン政権で1993年の医療保険制度改革に参加できなかったのは残念。当時の改革者の危惧は正しいことが証明された。たとえば
      • 無保険者の増加
      • 医療関係費がGDPの12%から16%に増加
      • 平均寿命が外国に比べて低下すると同時に、国内の平均寿命の格差も拡大*5
    • 道徳面、制度のあるべき面からだけでなく、企業の競争力、財政の面から考えても、改革は不可避。
  • エネルギー
    • 温暖化の問題(2100年には8〜9割の確率でハーバードの校庭が海に沈む、という予測も!*6
    • 原油高により民主主義国から専制政治国に空前の資本移転が起きている。
    • 新たな石油掘削や原子力発電に頼るだけでなく、太陽エネルギーや風力発電といった既存の技術の活用でエネルギーの効率化は可能なはず。


なお、同じサイトのこちらのページでは、金融対策法案に絡めてこの講演を取り上げたニュースが見られる。ここでは、現在の経済情勢に関するサマーズの楽観的な見方――資本市場の混乱も半年以内に収まり、実体経済も2009年末までには回復するだろう――は、ラジアCEA委員長と同じ、と報じている。だが、ロイター記事によると、ラジアは、第2の景気刺激策は不要、と述べているので、その点は、さらなる政策対応を求めるサマーズとは異なると思われる。
また、このニュースの中の講演後インタビューで、ポールソン案の評価について訊かれたサマーズは、債務買い取りだけでなく資本注入も取り込んだのは正しい方向だったが、その効果を見極めるにはもう少し時間が必要、と述べている。
ちなみに、こちらのページにも同様の内容のニュースがあるが、その最後の方で、ワシントンに戻りたいとは思わない、というサマーズの発言が伝えられている(ただしこれについてはインタビュー動画は無し)*7

*1:ここここによると、このアインシュタインジョークは彼の十八番らしい。ただ、それらのサイトによると、為替予測の無意味さを説くために使っていたとのことだが、ここでは経済学者の自虐ジョークとして使われている(落ちも為替から長期債に変わっている)。

*2:皆が固唾を呑んでその発言に注目したら、「変動するだろう」とだけ言ったという話。

*3:机を叩きながら熱弁するなど、この問題については、講演の中でも最も力が入っていた。

*4:ここではサマーズは――もちろんグローバル化の否定や保護主義には行かないものの――民主党的な側面を露にしている。

*5:このあたりはマンキューから物言いが付きそう。

*6:この予測は前日に科学に詳しい友人から聞いた、と紹介していたが、温暖化懐疑論者からは物言いが付きそう。

*7:Potomac feverには罹患していない、というサマーズの表現をレポーターが伝え、キャスターが苦笑していた。このサイトによると、“Potomac fever「ポトマック熱」”とは、“もとは馬の感染症の名前ですが、「ワシントン政界」に蔓延する権力志向と浪費の病弊も Potomac fever と言っています”との由。