もやもやサマーズ

MSNの記事経由で、こんなサイト*1ジョージ・ソロス、ローレンス・サマーズ、ロバート・マートンらの経済討論がアップされていることを知った。

動画は各人の発言ごとに分割されているので、取りあえずサマーズのものを一通り見てみた。彼の発言の主旨を動画ごとにざっとまとめると以下のような感じか。

いつもは挑発的な言辞を弄するが、これについては中間的な立場を取る、と前置きして、

  • 金融工学の立場からボブ(ロバート・マートン)がいろいろ解説してくれたが、それは飛行機の墜落事故の原因究明において、誘導制御の問題やパイロットのミスについて述べるのに似ている。しかし、飛行機が相次いで墜落し始めたら、航空産業全体の問題として考えるべき。
  • 一方で、金融工学に経済危機問題の原因をすべて帰するのも行き過ぎ。たとえば、日本の90年代の不況やITバブルの崩壊は金融工学が原因で起きたわけではない。
  • 金融工学は専門家だけに任せるには重大すぎる。たとえばファニーメイフレディマックは、政府がプットオプション買った 売ったと考えることができるが*2、その危険性を金融工学の専門家は認識していたものの、彼らの啓蒙が不十分だったこともあり、世間は十分理解していなかった。
  • 古代ギリシアの時代から、経済危機の原因が貪欲と恐怖にあることも忘れてはならない。
http://www.bigthink.com/business-economics/13401

個々の金融機関の問題が全体のシステムリスクに波及することを防ぐ手段を考えるべき。証券取引所清算機関のような決済機関を設けられないだろうか*3。また、問題のある金融機関を破綻させたとしても、それがリーマンの時のように全体の危機につながるのを防ぐ法制度も検討すべき。

http://www.bigthink.com/business-economics/13406

再生可能エネルギーの開発が重要というジョージ(・ソロス)の意見に賛成だが、エネルギーだけではなく、バイオや材料科学といった他の社会を転換させるような新技術にも目を向けるべき*4

http://www.bigthink.com/business-economics/13403

今回の問題を金融面から考えることに囚われすぎるのには注意すべき。実際に仕事を失う人、相応しい仕事に就けない人の存在による社会的損失は、住宅価格の下落によるよりも大きい。

http://www.bigthink.com/business-economics/13408
  • ボブ(ロバート・マートン)のが提示した自己充足的予言や自己否定的予言という問題が資本市場にはつきまとうので、市場に任せればすべてうまくいく、という考えは取れない。時には資本主義を自身から救うために*5、政府の介入が必要。
  • 今回の危機は金融工学により起きた、だから古き良き銀行の時代に戻るべき、という考えは取るべきではない。現代の金融システムは――カジノ的な側面があることは否定しないが――リスクの特定と移転という重要な機能を果たしており*6、これは昔の銀行だけの金融システムでは不可能だった*7
http://www.bigthink.com/business-economics/13407
  • 生産性は1948-1973年からは年率2%強で伸びたが、それ以降は半分以下に停滞した。その後、90年代半ばから00年代半ばまでは前回を上回る勢いで伸びたものの、最近はまた停滞している。そのように生産性の伸びが上下する理由は良く分かってはいないが、技術発展の波によるものと思われる(戦後期は第二次世界大戦中に培われた技術、90年代はIT技術*8
  • 過去8年で、2つの現象が起きたが、いずれも効果的な政策対応がなされなかった。
    • 生産性の伸びの低下。
    • IT技術の発展が8、9割の人の仕事を代替する方向に働いた半面、少数の高度な技術を持つ人の生産性を高めたため、所得格差が拡大した。
http://www.bigthink.com/business-economics/13404

*1:[11/10追記]池田氏からのTBで知ったが、そもそもこのサイトの設立にサマーズが参加しているとのこと。ぐぐってみたところ、確かにこの記事に、もう一人の討論者Peter Thielと共にサマーズが出資している、と書いてある。

*2:政府保証をしているので(cf.このエントリで描写したプットオプションとしての預金保険)。
[11/10追記]「the government has got put option」と言っている(ように聞こえる)ので、当初「政府がプットオプションを買った」と書いたが、良く考えるとここは「売った」ではなくてはおかしいので、そのように修正した。

*3:これについては池田信夫氏も同様のことを述べている。

*4:cf.ここで取り上げた論考。

*5:このフレーズはセイヴィング キャピタリズムの原題を念頭に置いていると思われる。

*6:サマーズは、地域を越えたリスクの分散が無かったら金融機関の破綻の影響はもっと深刻だったろう、と述べている。また、金融機関は80〜90年代に比べ金利の変動に対する耐性が増した、とも述べている。それらの見解については異論がある人も多いだろう――まさにその分散によって今回の問題がグローバルなものになったわけだから。

*7:このあたりの彼の主張はこのエントリの脚注で触れたラジャンへの反論と同じである(ただしその反論にはラジャンの主張への誤解があったようだが)。

*8:cf.ここで取り上げた論考。