プランB

昨日のエントリでは、米国の銀行の資本注入について取り上げた。そこでは、ダイアモンド=カシャップ=ラジャンの提言も紹介した。その提言は、以下のように締めくくられている。

This plan should be viewed as a stopgap measure. It is possible that the asset purchases under the Troubled Asset Relief Program will eventually help, both to allow banks to sell without depressing prices and to allow the market and regulators to value banks. Likewise, schemes aimed at stabilising home prices, if done on a massive scale, could influence the value of bank assets. But these types of solutions are infeasible in the short term and helpful only if investors believe that they will stop the bank run and make banks solvent. With the number of at-risk institutions growing every day, stabilising the banking system must be the first priority.

まずは銀行のシステムを安定させるのが喫緊の課題、というわけで、TARPによる資産買い取りや、住宅価格の下支えは、短期的には問題の解決にならない、と述べている。


実際、住宅価格の下支えについては、資本注入や資産買い取りに比べると、これまで経済学者から出されている意見もそれほど多くはない。その数少ない意見の一つが、Zingalesの11日VOXでの提案である(マンキューブログEconomist's View経由)。
彼の案の概要は以下の通り。

Zingales案
ケース=シラー指数で見た住宅価格が20%以上下落した地域において、下落率と同率だけ、不動産の債務と利払いの免除を認める。その代わり、債権者は、不動産のエクイティ部分(=不動産の資産価値−債務残高)の50%の所有権を持つ。ただし、その所有権が実際に行使されるのは、その不動産を債務者が売却する時に限られる(=債権者は、その時点での売却価格と債務残高の差額の半額を、債務の返済に加えて受け取る)。
免除の必要が無い債務者は、こうした再契約をする必要は無く、従来通りの債務と利払いを続けて100%の所有権を維持できる。

日本での不動産契約の概念を当てはめてこの案を解釈すると、債務の部分免除の代わりに不動産の所有権を債権者に譲渡するが、同時に借地権と借家権割合を適当な比率*1に設定して、債務者が引き続き同じ住宅に住み続ける、という感じになろう(そう考えてみると、借主に有利な借地借家法のお蔭で、日本人の方がこのスキームの感覚を掴みやすいかもしれない)。
なお、この案は債権者には不利に思えるが、彼らにとっても、人の住まない差し押さえ住宅が荒れ放題になって資産価値が下がるよりは、債権を減額しても、住人にメンテナンスしてもらって資産価値を維持した方が良いだろう、という考えが背景にある(その点では、日本と違って土地よりも住宅の資産価値が高い米国ならではの発想かもしれない)。


Zingalesはポールソン案を評価しておらず、その代替案という意味で、これをプランBと称している。ただ、デロングの分類に従えば、プランGかHくらいになるのかもしれない。


もう一つ、経済学者の住宅価格政策案を紹介しよう。
Colanderは、マケインの3,000億ドルの住宅ローン買い取り政策への対案として、バウチャーを使った住宅価格政策を提案している。住宅ローンに焦点を当てて猫も杓子も救済すると、無責任な借り手も救済してしまう恐れがあるので、自ら居住する住宅の差し押さえの危険に晒されている人たちに焦点を当てるべき、というのが彼の主張である。バウチャーを使えば、通常のバラマキ型の財政政策*2と異なり、対象をそうした人たちに限定できる、というわけだ。
具体的には、バウチャーの配布は全員に行なうが、必要の無い人については2次市場で売却する仕組みにする。そうすれば、その2次市場での取引が、差し押さえ住宅への需要をもたらし、住宅価格下支えの効果を発揮する、という考えである。
ちなみに、この案に対し、Mark Thomaは、後の値上がり益の問題と、収入を偽ったりわざと不履行を起こしたりするモラルハザードが生じる可能性を指摘している。


Zingalesの案もColanderの案も、ダイアモンド=カシャップ=ラジャンの指摘するように、速効性は無いかもしれない。しかし、住宅価格に何らかの突っかえ棒をしないと、ダイアモンド=カシャップが(昨日のエントリで紹介した)freakonomicsブログでいみじくも懸念したように、銀行に資本注入してこれで大丈夫、と思ったら、その後の住宅価格のさらなる低下で結局駄目になる、という事態が起きかねない。実際、元大蔵省銀行局長の西村氏によると、まさにそれが日本で起きたことだという。



[2008/11/2追記]
山形さんもZingales案に触れている。…が、(山形さんがリンクしているパスワードプロテクトされている内容が本エントリで参照した内容と同じものならば)「担保価値が落ちたために債務不履行になってる家を政府が買おうぜ」というのは違うと思う。この案では、あくまでも政府はいわば「徳政令」を出すだけで、債権者が政府に代わるわけではない。

*1:(売却価格−債務残高)÷(2×売却価格)×100(%)。売却時まで売却価格も債務残高も不明なので、それまでは固定値に決定できない。ただ、日本の場合も、その時点で借り手と貸し手の交渉によりこの比率が初めて決まることが少なくないので、それほど違和感はないかもしれない(それが予め定式化されている、というイメージになる)。

*2:ただしColanderはそのような財政政策も並行して実施すべきと言っている。