ソフトランディング

池田ブログの10/1エントリを見て、そういえば元大蔵省銀行局長の西村吉正氏が不良債権処理のソフトランディング路線を擁護する言説を述べていたこと、および、その彼の論を1年半ほど前に池田ブログのコメント欄で紹介したことを思い出した。記録のため、ここに再録しておく。

「検証バブル 犯意なき過ち」(日本経済新聞社、2001年)によると、宮沢喜一氏は1992年に東証を緊急閉鎖して公的資金導入による不良債権処理に乗り出そうとしたが、大蔵省に止められたとのことです。これが実現していたらその後の展開はどう変わってきたでしょうかね・・・。


ちなみに、寺村氏の後を受けて銀行局長に就いた西村吉正氏は「金融行政の敗因」(文春新書、1999年)で次のように書いています。
「実際、バブル崩壊後、わが国の金融機関は相当思い切って不良債権の処理をしてきた。問題は、地価の下落、破綻企業の発生、不良債権の増加、という悪循環が今に到るまで続いていることである。このようなプロセスの途中でアメリカのように、過去に発生した不良債権を思い切ってドンと処理したとしても、それですべて片がついていたとは思えない。その後の更なる地価下落によって生じる二次的な問題処理を避けることはできなかっただろう。」


また、住専問題については、西村氏はこの本で、与党の政治的判断によって途中から「金融問題から農村問題の色彩を強める方向に舵を切った」と指摘し、「住専問題があのような結論になったのは・・・むしろ大蔵省が信頼を失い、力を低下させてしまったからであったと思っている」と書いています*1

2月21日の日経の経済教室で、元銀行局長の西村氏は、やや歯切れの悪い言い方ながらも、ソフトランディング路線が間違いだったとは言い切れないと書いています。また、ゾンビ企業を創造的破壊機能に基づき淘汰するのではなく、「時間を貸す」ことによってその復活を手助けするのが銀行の役目、という考え方も否定しきれないのではないか、という問いを投げかけています。
さらに、彼は、
http://www.fsa.go.jp/status/npl/20070125/data02.pdf
http://www.fsa.go.jp/status/npl/20070125/data05.pdf
を用いて最近の不良債権の状況も分析しており、2002年以降の債務者の業況改善や再建計画の策定などによる正常債権化・返済の額が48兆円に上ると弾いています。これは、同じ期間の不良債権の減少額31兆円をはるかに上回っており*2、破綻処理を急ぐハード路線から資本補填を重視するソフト路線への転換が、借金を返せる経済環境をもたらし、不良債権問題の解決につながった可能性を示唆しています。
(ちなみに西村氏の計算は凡そ次の通りです:表2より、正常債権化と返済等の3年半の合計が17兆円、オフバランス化等の合計が42兆円。表5より、この期間の直接償却が11兆円。オフバランス化の直接償却分以外は正常債権化・返済と推定されるので、17+42-11=48 *3


P.S 西村氏については、2/1エントリに対する拙コメントもご参照ください。そこで引用した文章では、不良債権処理を先送りしなかったとしても、「その後の更なる地価下落によって生じる二次的な問題処理を避けることはできなかっただろう」と書いています。

ちなみに、このコメントで触れた表2の数字を(脚注で記した修正事由も含めて)表にまとめると以下のようになる。

不良債権減少額(兆円) -31
正常債権化と返済等 -17
オフバランス化等 -42
  うち危険債権以下から要管理債権への遷移分  +3
債務者の業況悪化等による増加額 +25


なお、これを最新のデータに基づき2002〜2007の5年まで伸ばした数字は、以下の通り。

不良債権減少額(兆円) -32
正常債権化と返済等 -18
オフバランス化等 -48
  うち危険債権以下から要管理債権への遷移分  +3
債務者の業況悪化等による増加額 +31

債務者の業況悪化等による不良債権増加がこの1年半であったものの、同時にオフバランス化も進んだので、結果として不良債権減少額はほとんど変わっていない。
この延長した1年半の期間の直接償却額は1兆円なので、5年で11+1=12兆円。従って、この5年間に正常化した債権の西村方式による推計額は、18+(48-3)-12=51兆円となる。

*1:この最後の段落の問題提起は、本ブログの7/21エントリで詳細に論じたので、興味のある方はそちらを参照されたい。

*2:ここの表現は西村氏の経済教室そのままだが、良く考えてみると、不良債権正常化の額が減少額をはるかに上回ったのは、一方で不良債権の増加があったからである。従って、ここでそれを強調するのは文意から言ってミスリーディングかと思われる。むしろ、正常化の額が、債務者の業況悪化等による増加額(=25兆円)を上回ったことを強調すべきだったように思われる。

*3:西村論文では考慮されていないが、オフバランス化等のうち3兆円は危険債権以下から要管理債権への遷移分(=正常債権化にまでは至らなかった分)と思われるので、17+(42-3)-11=45がより正確かと思われる。