ガイトナー・プットの定式化

ガイトナー案とそれを巡る経済学者の反応については既にryozo18さんがまとめられているほか(ここここ)、池田信夫blog極東ブログでも紹介されている。

今日のエントリでは、その中でも論争の的になっている、いわゆるガイトナー・プットの補助を受けて決定されるローン買取価格について簡単に定式化してみる。


ファンドの不良債権買取価格をPb不良債権の真の価格をPとおくと、
<通常の場合>
  ファンドの損益=P - Pb
  よって損益の期待値が0となる買取価格=E[P]  (E[・]は期待値を表すものとする)


ガイトナー案の場合>
  ファンドの損益
     P ≧ (1-α)Pb ならば β(P - Pb
     P < (1-α)Pb ならば -βαPb
   ここで1-αはFDICの提供するノンリコースローンの比率 (ガイトナー案では6/7)
   βはファンド出資比率=1-財務省の出資比率 (ガイトナー案では1/2)
  この場合は、損益の期待値が0となる買取価格はE[P]とは限らない。


ここで、確率p1でP=P1、確率1-p1でP=P2となるものとすると(ただしP1>P2)、ガイトナー案において損益の期待値が0となる買取価格は
 P_b=\frac{p_1}{p_1+\alpha (1-p_1)}P_1
となる*1。右辺にはP2が入っていないが、これは、買取価格の決定に当たってダウンサイドを考慮しなくて良いことを示している。というのは、ダウンサイドが実現した場合は、その時の価格P=P2自体は損益には影響せず、単に出資金を全額損するだけだからである。


実際に上の数式にクルーグマンの数値例、すなわちp1=0.5、P1=150、α=0.15を入れると、Pb=130.43となり、クルーグマンの提示した値と等しくなる。
また、サックスの数値例マンキューブログ経由)、すなわちp1=0.2、P1=1,000,000、α=0.1を入れると、Pb=714,268となり、やはりサックスの計算値と一致する。


注意すべきは、数式上は、こうして算出されたブレーク・イーブン買取価格が、必ずしもE[P]より高くなるとは限らないということだ。例えばクルーグマンの数値例でP2=50ではなくP2=125ならば、E[P]=137.5となり、E[P]の方が高くなる。クルーグマンは買取価格と真の価格の差額を、不良債権を売却した金融機関への補助金と表現したが、この場合はむしろ金融機関は損をすることになる。
まあもちろん、ダウンサイドリスクがそれだけ小さければ、そもそも今般の問題は発生していないだろうが…。
(2009/3/30削除:補足エントリ参照)


なお、ファンドの損益を式で表すと、以下のようになる。
ファンド損益 = β{Max( P-Pb , -αPb )}
         = β{Max( P-(1-α)Pb , 0 ) -αPb
この{}の中を考えると(=政府取り分も含めて考えると)、権利行使価格を(1-α)Pb、取得価格をαPbとしたコールオプションの買いポジションに等しい(下図参照)*2


クルーグマンがリンクしたNemo氏の数値例では、ブレーク・イーブン買取価格ではなく、この期待損益を求めている*3。氏の数値例ではPb=84、α=1/7、p1=0.5、P1=100、P2=0、β=0.5なので、
 E[Max( P-(1-α)Pb , 0 )]=0.5×(100−84×6÷7)+0.5×0=14
 αPb=84÷7=12
となり、期待損益は0.5×(14-12)=1となる。ファンドの投資額はβαPb=0.5×(1/7)×84=6なので、収益率は1÷6×100=16.67%に達する。


また、FDICの提供するノンリコースローンの損益は、
FDIC損益 = -Max( 0 , (1-α)Pb-P )
となる*4。これは、権利行使価格=(1-α)Pbプットオプションの売りポジションであり、いわゆるガイトナー・プットにほかならない(下図参照)。このガイトナー・プットによって、上図のコールオプションのフロア部分が実現しているわけだ。

*1:追記:クルーグマンやNemo氏は自分の提示した2状態モデルを単純化された数値例のように書いているが、これは一般的に成立する。というのは、一般にp(P)をPの確率密度関数とした場合、以下の関係式が成立するため。
  P_1=\frac{1}{p_1}\int\limits_{(1-\alpha)P_b}^{\infty}p(P)PdP    P_2=\frac{1}{1-p_1}\int\limits_0^{(1-\alpha)P_b}p(P)PdP    p_1=\int\limits_{(1-\alpha)P_b}^{\infty}p(P)dP
ただし、本文の式にある通り、ここでの閾値の項PbはP1によって決まるので、両者を同時に求めるために収束計算が必要になる。
cf. Nemo氏のこのエントリでは、p(P)として一様分布を仮定した場合の計算例をwebMathematicaを用いて示している。

*2:追記:この図でα=1、即ち全額自己資金ならば、グラフは ファンド損益=P - Pb の単純な直線になり、上記の<通常の場合>に帰着する。
逆にα=0ならば、自己資金ゼロでFDICからの借り入れだけで購入、といういわば他人の褌で相撲を取る状態になり、かつ最終価格Pが買取価格Pbを超えればその値上がり分はすべて手にすることができる。

*3:ちなみにNemo氏の数値例でブレーク・イーブン買取価格を求めると、Pb=87.5となる。

*4:追記:単純化のためFDICの損益は最大でも0としたが、実際にはローンなので金利収入が発生する。