マクロ経済学はどこまで進んだか/John B. Taylor

引き続き、7/7エントリで紹介した本の内容まとめ。

John B. Taylor(1946-)

金融政策のテイラー・ルールで有名

マクロ経済学の発展に影響を及ぼした論文・著作】

[一般理論以降]フリードマンとモジリアニの消費に関する優れた業績、トービンによる金融市場に関する分析、フィリップス曲線に関するフェルプスフリードマンの研究、1970年代初頭のルーカスのいくつかの論文、ルーカス=サージェントの共同論文集「合理的期待と計量経済学的手法」
フリードマンとルーカスがケインズ以降最も影響力のあるマクロ経済学者。

【影響を受けた経済学者】

プリンストン大学]ディック・クォント、バート・マルキール卒業論文指導はフィル・ホウレイ。[スタンフォード大学院]博士論文指導はテッド・アンダーソン。何々学派というところでマクロ経済学の学問的手ほどきを受けたことは無い。数理的な分析手法を学んだのはとても幸運だった。

ケインズおよびケインズの一般理論について】

ケインズ以前の経済学に比べより一般的な方法で総需要の重要性を主張した。賃金と物価の硬直性はケインズ固有のものとは思わない。デビッド・ヒュームの論文にも同様の指摘がある。

大恐慌について】

大恐慌の真の原因を追究するのは、マクロ経済学のいわば『聖杯』である」とベン・バーナンケが述べたことは広い意味で正しい。大恐慌の原因を探るのに際して最も必要なことは、金融政策についての研究。金融政策が首尾よく遂行されていたら大恐慌は回避されていたか、あれほど大きくならずに済んだ。大恐慌からの回復も貨幣的要因に基づくところが多かった。

マネタリズムについて】

今日ではフリードマンの考え方は主流を形成しており、フリードマンの影響はルーカスより広範囲。

【合理的期待形成仮説ないしニュークラシカルについて】

ルーカスはマクロ経済学においてモデルを組み立てていく際に必要な技術的な側面に大きく貢献。合理的期待革命はケインズ革命と同じくらい大きな変化をもたらした。1970年代に政策無効の命題が真剣に受け止められたのは、当時マクロ経済学で最も重要だったフィリップス曲線をダメだ、と言ったこと、および政策評価する際の多くの問題を提起したため。
[ルーカスが「予期された貨幣供給と、予期されない貨幣供給の区別が、戦後マクロ経済学における重要な考えだ」と言ったことについては]重要な考えは何と言っても合理的期待だろう。合理的期待は予期された変化と予期されない変化を区別できるということを意味し、その変化は貨幣供給以外にも利子率、税、政府支出も含んでいる。

【ニューケインジアンについて】

メニューコスト理論はもっと多くのことを教えてくれるかもしれないと期待していたが、政策について良い考えを提供しておらず、失望した。

【リアル・ビジネス・サイクル仮説について】

リアル・ビジネス・サイクル論は、理論的ではなく経験的な観点から、変動の要因は供給側にも見出されることを教えてくれる。景気変動の大きな要因は確かに需要側にあるが、長期的な変動要因の多くは供給側に見られるもの。また、純粋理論の面でも貢献しており、この分野の研究はこの先10年間マクロ経済学のモデル構築技術の向上に良い影響を及ぼすだろう。

【成長理論について】

経済成長分析の関心が再び高まった理由は三つ。一つは、景気循環が今では大きな社会問題ではなくなったこと、二つ目は、1970年代中期の米国の生産性低下などにより各国にとって経済成長が今や人々の中心的な関心事になったこと。三つ目は教師にとって経済成長が教え甲斐があり、教えやすいテーマであること。経済成長を促進させる最も重要な要因は資本の増大と技術の向上。米国の経済成長が低下しているのは非資本的なもの、即ち技術にその要因があると思う。資本投下には税政策が貯蓄への影響を通じて重要な要因になる。生産要素を高めるには教育と規制の二つが大切な要因。高いインフレは経済成長のマイナス要因だが、低くて緩やかなインフレは景気に良い効果をもたらすと考えてよい。内生的成長理論は、研究や教育を含んだ全要素生産性を高める政策をどのように構築したらよいか、ということを考えさせる良い機会になった。全要素の生産性は、技術も含め、もはや外生変数として取り扱うべきではない。

【経済政策について】

20世紀において、我々は政策の面から二つの大きなことを学んだ。一つは「大恐慌」で、他の一つは「大インフレ」。この二つの大きな出来事を経験したことにより、物価と生産の両面を安定させることはなぜ大切かを十分学習した。財政政策で最も大切なことは、自動安定化装置を首尾よく働かせること。財政面での裁量的政策は、人々の思惑のズレや不信を発生させるので、この点に関してはうまく作用しない。長期的には、限界税率を下げて貯蓄と投資を刺激することにより経済成長を促進させることに徹すべき。また、財政政策を複雑にすると社会は破滅に向かうので、簡潔にして信用力のあるものにすることが大切。経済を安定させる主な方策が財政政策から金融政策に転換してきたのは、景気循環をもたらす多くの要因の中に貨幣的な要因があると気づいたこと、および、裁量的財政政策は効をなさないという経験を学んだため。経済により早く効果を及ぼすという点で金融政策の力は他の何ものにも代え難い。リカードの等価定理は、多少極端に走っているが、財政政策が支出に影響を及ぼすことを強調したところに意義がある。フェルドスタインの社会保障の研究も似た考え方だが、まだ実証的に確立されていない。1980年代にもてはやされた財政政策への供給重視派のアプローチは、人々の目を経済の供給側に向けさせ、供給を刺激させる方策は何かと言うことについて学ばせるには有効だった。税を下げて歳入を増大させるのは大抵の場合考えられないが、まれにそういうことも起きる。金融政策の最も大切な役割は、物価を低めに安定させて、長期的には望ましい成長率を作り出し、短期的には景気循環を抑えてより良好なマクロ経済状態を得ること。安定化政策は70年代の中頃にゲーム理論の問題と見なされ、そこから信用の確立の重要性を学び取った。だが、50-60年代の制御理論の問題と見なされていた時に、最適制御の研究から受けた影響の方が大きい。反応を見ながら政策ルールを定めて政策を推し進めようという考えは、最適制御の初期の研究の賜物。中央銀行が独立性を得る事は信用を確立するための前提条件とは必ずしも思わない。インフレ目標は良い考えだが、ゼロインフレやマイナスインフレ目標は疑問。変動相場制は、金融政策が有効に働くので米国に取っては良かった。経済規模が小さく開放度が進んだ国にとっては固定相場制が良いだろう。1980年代初頭以降の欧州の高失業率はマクロ経済学ではなくミクロ経済学の問題で、労働市場の硬直性が決定的に重要。

【経済学者間の意見の一致について】

マクロ経済学の分野は様々な学派に分裂し、学派独自の理論を打ち立てて、それらを政策に立案しようとした、というトービンの考えには同意しない。いろいろな学派の意見を深く科学的な見地からみると、学派間にある種の類似性があることがわかる。学派間で過去に会話が無かったというトービンの意見はある意味正しいが、今は事情が変わり、たとえばリアル・ビジネス・サイクル論と賃金や物価を硬直的と見なしている学派は急速に歩みよっている。

【マクロとミクロの関係】

成長問題はミクロ経済学を教えてからマクロ経済学を教えるというときのいわば橋渡し的な役割を果たすという意見に賛成。また、限界生産力逓減といった考え方はミクロでもマクロでも大切なので、市場原理の理論をしっかり教えることが必要。

【経済学と数学】

単位根の理論は、経済の変動というものは一時的に需要側にショックを及ぼすのではなく、現実にはその経済の長期的な趨勢に影響を及ぼすものである、ということを人々に再確認させる上でも大きなインパクトがある。