Speculation and Signatures(by Krugman)解釈

ものぐさなのでブログを始める気は無かったのですが、クルーグマンの旬の議論が官民2人のエコノミストブログで紹介されているのが誤解交じりと思われ、その点をコメントで指摘しても理解していただけなかったので・・・。
http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080625/p2
http://pokemon.at.webry.info/200806/article_28.html

元のクルーグマン論文がこちら。
http://www.princeton.edu/~pkrugman/Speculation%20and%20Signatures.pdf

この論文では、カルボ先生とクルーグマン自身の議論を整理するためにモデルを提示していますが、注目すべきは、冒頭で(=カルボ/クルーグマン各人の個別論に入る前に)以下の定義を行なっている点です。

● P_f=現物価格Pに無関係に投資家が予想する1年後の価格

すると、変化率は(P_f-P)/Pと定義されます。

ここで注意すべきなのは、P_fを「現物価格Pに無関係な投資家の予想」と定義している点です。
ここから2つの含意が導き出されます。

1.P_fはこのモデルでは外生変数として扱われている。
  よって、変化率(P_f-P)/Pは、このモデルでは、
  Pが決まれば自動的に決まる内生変数である。

2.先物価格FはP_fに等しい。

この2点が上記のお二人のエコノミストに理解していただけなかった点です。

お二人のエントリには、変化率が外生変数、P_fが内生変数になり得ると思われているような記述が見受けられます。しかし、クルーグマンは現物価格PをY軸、変化率をX軸に取った図1の説明で、わざわざこの図では独立変数をY軸にした、と断っています。ということは、X軸に取った変化率は、…そう、このモデルでは、あくまでも、そして常に、従属変数なのです。

また、先物価格FがP_fに等しくなる点も理解いただけませんでした。確かに、クルーグマンはこの点を特に明記はしていません。その理由は、単に自明だったからだと思います。
…と書くと余りにも身も蓋もないので、少し補足すると、もし先物価格が自分の予想より高いと思う投資家がいたら、彼(彼女)はどうするでしょうか? その人は先物を売るでしょう。その結果、先物価格は下がり、彼(彼女)の予想に少し鞘寄せします。逆に、先物価格が自分の予想より安いと思う投資家は買いに入ります。すると、今度は先物価格は上がり、その投資家の予想に少し鞘寄せします。こうして、先物市場で成立する最終的な先物価格は、すべての投資家の予想が均衡したところ、いわば予想のコンセンサスに落ち着きます。言い換えれば、これは、上記のP_fの定義にほかなりません。

なお、ここまでの話にはまだ現物市場の話は入ってきません。先物市場は、クルーグマンが23日のOp-EdBlogに書いているように、あくまでの将来価格についての賭けを行なう市場であり、その段階では現物市場に無関係なのです。

http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/06/23/speculative-nonsense-once-again/

先物が現物を動かすのは、両者の間で裁定取引が発生した時です。具体的には、先物価格Fと、現物価格Pにキャリーコスト(金利i+貯蔵コストS_c)を加えたものを比較して、前者が後者よりも高ければ、先物を売って現物を買う取引が発生します。そうすれば、借金して原油を買っても、1年後の決済では必ずFで売れますので、金利と貯蔵コストを払っても儲けが残るからです。実際にそうした取引が起きれば、F=P+i+S_cに収束し、同時に貯蔵の増加が観測されるはずです。しかし、それは起きていない、むしろF < Pになっているし、貯蔵の増加も見られない、というのがクルーグマンの主張です。

実はこの論文の内容は以上です。図2や図3でいろいろ説明していますが、基本的な内容は上記で尽きていると思います。

最後に、では、F < P < P+i+S_cならば、なぜ今度は逆の裁定取引が起きないのでしょうか? これについてはクルーグマンは書いていませんが、Mark Thoma氏がEconomist's Viewの26日のエントリ「The Speculation Continues...」で書いています。曰く"Note, however, that inventories cannot be negative." つまり、先物買いの現物売りをしたくとも、株式と違って原油空売りができないからです。

http://economistsview.typepad.com/economistsview/2008/06/the-speculation.html