DSGEモデルに未来はあるか?

という小論をブランシャールが書いている(原題は「Do DSGE Models Have a Future?」、H/T Economist's View)。
そこで彼は、DSGEの欠点として以下の4点を挙げている。

  1. 基礎となる前提が説得力に欠ける
    • 前提の単純化はすべてのモデルで必然的に発生するが、DSGEの前提は消費者や企業に関して知られている事実と根本的に相容れない。
    • DSGEの骨格が導出される標準的なニューケインジアンモデルは、総需要、価格調整、金融政策ルールの3つの方程式から構成されているが、最初の2つの方程式は現実の描写としてはかなり欠陥がある。
      • 総需要は、無限に生き、先を見通す消費者の消費需要として導出される。
        • 先を見通す程度、および、金利が消費経路を変更するのに果たす役割、のいずれも、実証結果とかなり矛盾している。
      • 価格調整はフォワードルッキングなインフレ方程式で特徴付けられるが、インフレの基本的な慣性を捉えていない。
    • 現在のDSGEモデルはニューケインジアンモデルに対し多くの点で拡張がなされているが(投資と資本の蓄積、金融仲介、他の国との相互作用、等々)、総需要と価格調整の方程式は中心であり続けている。
    • データに適合するように以下のような修正もなされているが、消費者や価格・賃金設定者の行動の説得力ある特徴付けというよりは、修繕という感が否めない。
      • 総需要については、所得をそのまま消費する「その日暮らし」消費者を一定割合取り入れている。
      • バックワードルッキングな価格補正を導入することにより、ほぼ前提として、インフレの慣性が生じる。
  2. 標準的な推計方法が説得力に欠ける
    • 標準的な推計方法=カリブレーションとベイズ推計の混合。
    • それ以前のマクロ計量経済モデルのように方程式を一本一本推計するのではなく、体系全体としてモデルを推計する。
    • ただ、推計するパラメータの数が膨大なため、従来の手法で全部を推計するのは不可能。そのため、多くのパラメータは予め「カリブレーション」で値がセットされる。
    • この手法は、そうしたパラメータが実証的もしくは理論的に十分に確立していれば、妥当。
      • 例えばコブダグラス生産関数という前提の下では、労働分配率を生産関数の労働の冪指数に用いるのは妥当。
    • しかし、カリブレーションで値を設定するパラメータがそれ以外にも沢山あり、それらの裏付けとなる実証もより曖昧なことが多い。
      • 例えば、国によってインフレの挙動はかなり違うにも関わらず、同じ「標準カルボパラメータ」(失業がインフレに与える影響を決定するパラメータ)を使うのというのは、疑問を大いに招くやり方。
      • 多くの場合、「パラメータの標準セット」に依拠するというのは、パラメータの選択の責任を以前の研究者に押し付ける便法に過ぎない。
    • 残りのパラメータはモデル全体のベイズ推計によって推計される。その場合の問題は以下の2つ:
      • モデルの一部における仕様の誤りが、他の部分のパラメータ推計にも影響する(これはすべてのシステム推計に共通する問題)。例えば総需要の仕様の誤りが、価格や賃金調整に関する不正確な推計を招きかねない。しかも読者にはそれが分かりにくい。
      • パラメータからデータへのマッピングの複雑さから生じる問題。
        • 多くの次元で尤度関数があまりに平板になってしまうため、古典的な推計は事実上実行不可能。従ってベイズ推計という手法を採るのは理に適っているが、それは係数の事前分布の標準偏差が小さいことが正当化できる場合。しかし多くの場合、事前分布の標準偏差が小さいことを正当化する根拠は弱く、推計結果は尤度関数というよりは研究者の事前分布を反映したものになり勝ち。
  3. DSGEが規範的な目的に使われる場合、その規範の意味するところが説得力に欠ける
    • DSGEの長所とされるものの一つは、ミクロ的基礎付けから導かれているため、説明用だけではなく規範用にも使えるという点にある。
    • DSGEにおける厚生への影響は、モデルにどのように捻りが導入されているかに左右される。しかしモデルへの捻りの導入は解析的な都合から決まり、厚生への含意は説得力を欠くことが多い。
      • 例えばモデルでのインフレの厚生への悪影響は、すべての企業が同時に名目価格を調整するわけではないことに伴う相対価格の分布への影響から主に生じる。しかしインフレの費用と便益の研究からは、インフレの経済活動ひいては厚生に対する影響は、より幅広いことが示されている。
    • ブランシャールは最近の研究で、以下の2つの結論を導いた:
      • モデルの厚生関数は、事前的に気付かなかったが事後的には重要と考えるようになった厚生への影響を示すのに有用だった。
      • しかし、モデルの厚生関数よりは、(GDPの潜在GDPからの乖離とインフレの目標からの乖離を反映した)アドホックな厚生関数の結論の方に自信が持てた。
  4. DSGEは悪しきコミュニケーションツールである
    • DSGEモデルの研究は、コアモデルがあってそれに捻りを加える、という手順が確立しているという点で成熟した科学の特徴を備えており、研究者同士のコミュニケーションの基盤としては良いが、一般の読者にとっては、コアモデルに加えられた捻りの効果とそれ以外の効果を判別するのが極めて難しい。


ただ、ブランシャールは、こうした欠点は是正可能であり、DSGEという選択は戦略的に正しい、として以下の点を指摘している。

  • 広く受け入れられたマクロ経済の分析のコアがあって、それに基づいて議論したり拡張したりする、というのは追究する価値のある手法。そう考えた場合、DSGEのモデル手法上の以下の3つの選択は正しい。
    1. 明確なミクロ的基礎付けからの出発
    2. 競争的経済に対して捻りを加える
      • 競争的経済から十分に説得力を持つ経済への道程は遠いが、これ以外の選択肢は無い
    3. モデル体系全体をカリブレートないし推計する
      • 以前の方程式を一本一本推計していたモデルは、動学的特性が実際の系と矛盾することがあった

その上で、DSGEが今後改善すべき点として以下の2点を挙げている。

  1. 島国根性を脱すべき
    • 修繕を積み重ねるのではなく、膨大な実証研究を基盤とすべき。
    • そうした実証研究から、部分均衡的な意味の導出→単純な一般均衡の枠組みでの一般均衡的な意味の導出、という手順を踏んで、DSGEに統合する、という形が望ましい。
    • DSGEは経済学の様々な発見が最終的に統合され議論される場となるべき。
  2. 帝国主義を脱すべき
    • 用途に応じて、理論的な純粋さという面で様々なモデルがあって良い。
      • DSGEのような最大限に理論の純粋さを追求したモデル
      • FRB/USモデルのように政策目的に使うためデータへの適合を重視し、理論的純粋さを薄めたモデル
      • 予測モデル
        • 予測という目的においては、今のところ誘導型モデルが構造型モデルに勝っているかもしれず、理論的純粋さは長所というより短所になっているかもしれない。
    • 単純さの面でも、様々なモデルがあって良い。
      • IS-LMからマンデル=フレミングに至るアドホックなモデルにも、DSGEとの関わりの中で果たすべき重要な役割がある。
        • DSGEでモデル化する前に、ある捻りや政策について最初に考えるための上流工程としての役割。
        • DSGEでモデル化した後に、モデルの主要な洞察を分かりやすく教育的に提示するための下流工程としての役割。
      • アドホックモデルは科学というより芸術だと言う人がいるが、それは真実。DSGEとアドホックモデルは代替的というよりは補完的。
        • ブランシャール自身、討論者として、DSGE論文の基本的な洞察を一枚の単純なグラフという形で著者よりも分かりやすく提示することが良くある。