ドイツ経済学の3つの神話

前回エントリで触れたMichael Burdaフンボルト大学ベルリン教授のVoxEU記事では、エコノミストやFT、クルーグマンやサイモン・レン−ルイス*1といった米英のメディアや経済学者によるドイツ経済学者へのバッシングへの反論を試みており、特に以下の3つの論点を「神話」として取り上げている。

  1. ドイツの経済学はケインズ主義の考えを根本から否定している
    • これについてBurdaは、悪名高い一般理論のドイツ語版の序*2を引っ張り出したほか、カール・シラーの戦後の再建計画を持ち出し、ドイツは総需要管理を重視してきた、と強調している。
    • その上で、現在のドイツ政策当局が総需要管理に抵抗しているのは単に国益を優先しているため、という考察を示し、以下の2点を指摘している。
      • 英米は世界経済ないしEU経済におけるドイツの役割を過大視している。ドイツの世界GDPにおけるシェアは5%に過ぎず、EUでも22%に過ぎない。
        • 従って、ドイツが全面的なケインズ的刺激策を採用して経常黒字を減らしても、世界ないしEUの総需要への影響は限られている。
      • ドイツは開放経済であり、輸出入合計がGDPのほぼ9割に達する。他のEU大国(伊西仏英)では55-65%に過ぎない。
        • 古典的な乗数は、輸入の限界性向と逆方向に動く*3。従って、ネアンデルタール時代ないし水力式のケインズ主義においても、ドイツのケインズ政策が国内に与える効果は疑わしい。有権者が自国にとっての便益を確信できなければ、各主権国が他国を潤す総需要政策に乗り出すのは難しい。
    • さらに、以下の点を指摘している。
      • そもそも現代マクロ経済学では、物価が一定で、消費者が機械的に所得の一部を支出に充てる、という水力式ケインズ経済学の見解を否定している。所得制約のある家計のみが乗数に関係する、というのが現代経済学の見解であるが、ドイツの家計の大部分にはそれは当てはまらない。
      • ゼロ金利下限では財政政策は有効というコンセンサスも最近では現れているが、それは閉鎖経済の話であり、かつ、借入国の信頼と信用手段が無傷の場合の話。
      • ちなみに現在のドイツでは、政府が低金利を利用してインフラ支出を増やす、という議論も主流派の経済学者によってなされているが、こうした議論は反ケインズ主義とは程遠いものである。

  2. ドイツの経済学者は「秩序自由主義」とサプライサイド政策を信奉している*4
    • 秩序自由主義は政治的嗜好に過ぎず、経済学とは関係無い。
    • サプライサイド政策について言えば、労働市場規制、社会保障制度、税制、および求職の効率性の変化が長期の生産性に影響する、ということを示した経済学の厳密な研究が存在する。
    • 10年前のハーツ労働市場改革は、サプライサイド政策が実際に機能することを証明した。再統一後のドイツは、インフレによる名目賃金上昇や、明示的な増税が無いまま社会保障負担を増やしたことによる労働市場の歪みにより、競争力を大きく喪失し、欧州の病人と経済学者に呼ばれたが、2003年以降に雇用は13%増加した。
    • 短期のケインズ的政策と長期政策との整合性を求めるドイツ人の態度は扱いにくいかもしれないが、ブードゥー経済学とは言えない。そうした態度が、ギリシャの改革を求める姿勢につながっている。

  3. ドイツの経済学者はモラルハザードと緊縮に取りつかれている

*1:cf. ここ

*2:cf. ここ

*3:cf. ここ

*4:以下、副項はBurdaの反論。