米国の雇用回復は何合目なのか?

デロングが雇用指標について自らの戸惑いを示したエントリを上げている(cf. 元エントリ;H/T Economist's View)。


そこで彼は、CEAの面々によるvoxeu記事*1を紹介しているが、同記事では現在の雇用状況について、失業率は危機前の平均まで83%を戻しているほか、他の雇用指標で見ても同程度の回復度合いが示されている、と誇らしげに書かれている。それを受けてデロングは、失業率はピークの10%から現在は6.2%まで低下し、危機前のNAIRUの5.4%まで0.8ポイントというところまで迫っており、回復への道の5/6を達成したことになる、と同記事の数字を確認している。


その一方でデロングは、他の雇用指標ではそれほど回復は進んでいないのではないか、と指摘している。そこで彼が取り上げた指標は、労働参加率と雇用人口比率の差である。この指標では、失業率では反映されていない労働参加率の変化を反映されることになる。ただ、小生が見たところ、むしろデロングの数字の方に人を戸惑せるような点が散見され、そこを修正すると彼の計算は却ってCEAの楽観的な見方を裏付ける結果になるように思われる。


デロングは、労働参加率と雇用人口比率の差では回復度合いは3/4になる、と言う。谷ではその数字は5.5%だったが、現在は3.9%になっており、NAIRUを達成するとその数字は3.4%になるからである。しかし、谷を失業率がピークを付けた2009年10月時点として計算すると、差は5.5%ではなく6.5%になり、回復度合いは(6.5-3.9)/(6.5-3.4)*100でおよそ84%となる。即ち、失業率から計算した値と近くなる。

関係する数字を表にまとめると以下のようになる(谷時点以外については、デロングがエントリの文章中で挙げたものに沿った数字になっている)。

労働参加率 失業率 雇用人口比率 労働参加率−雇用人口比率
直近の谷(2009/10) 65.0 10.0 58.5 6.5
現在(2014/7) 62.9 6.2 59.0 3.9
回復時(NAIRU達成時) 63.4 5.4 60.0 3.4

ちなみに、デロングは明記していないが、雇用人口比率はFREDに収録されているOECDデータは足が遅い*2(昨年末までしかデータが無い)ため、労働参加率×(1−失業率/100)として改めて計算しているようである(その場合、労働参加率−雇用人口比率は、結局、労働参加率×失業率/100となる)。
また、デロングは、回復時の労働参加率が現在の62.9%より0.5%ポイント高まって63.4%になるとしているが、それはCEAの分析を基にしているようである。即ち、CEAのvoxeu記事ないしレポートでは労働参加率の低下傾向を分析し、同参加率が1990年代末に頭打ちとなった後、2007年第4四半期以降直近まで3.0%ポイント低下したことを指摘した上で、その低下を以下の3つの要因に分解している。

  1. 高齢化要因 :1.7%ポイント
  2. 景気循環要因 :0.5%ポイント
  3. 今回の大不況特有の要因 :0.9%ポイント

このうちの景気循環要因による低下が解消したケースを想定しているものと思われる。


デロングはさらに、働き盛り(25-54歳)の雇用指標*3を基に、回復は1/3しか進んでいないのではないか、と議論している。
彼はまず、2007年平均から現在までの指標の変化について論じている。それを表にまとめると以下のようになる。

<全人口ベース>

労働参加率 失業率 雇用人口比率 労働参加率−雇用人口比率
2007年平均 66.0 4.6 63.0 3.0
現在(2014/7) 62.9 6.2 59.0 3.9
変化幅 ▲3.1 1.6 ▲4.0 0.9


<25-54歳ベース>

労働参加率 失業率 雇用人口比率 労働参加率−雇用人口比率
2007年平均 83.0*4 3.7 79.9 3.1
現在(2014/7) 80.8 5.2 76.6 4.2
変化幅 ▲2.2 1.5 ▲3.3 1.1


次いでデロングは、25-54歳ベースの回復が1/3しか進んでいない、という。その理由は、下表にあるように谷からの雇用人口比率の回復は3.6%ポイント*5の上昇を必要とするが、そのうち1.0%しか達成されていないから、とのことである。

労働参加率 失業率 雇用人口比率 労働参加率−雇用人口比率
直近の谷(2009/10) 82.5 9.0 75.1 7.4
現在(2014/7) 80.8 5.2 76.6 4.2
回復時(NAIRU達成時) 81.2 3.1 78.7 2.5

このデロングの計算には以下のような疑問点が生じる。

  • 現在の雇用人口比率の谷からの上昇幅は1.0ポイントではなく1.5ポイント。
    • デロングはエントリの冒頭に25-54歳の労働参加率と雇用人口比率をFREDで描画したグラフを掲げているが、雇用人口比率はFRED収録のOECDのものを使用していると思われ、そのため最新期が2013年末となっている。その時点の雇用人口比率はOECD=76.2%、計算値=76.0%なので、そこまでの回復を基準に1.0ポイントという数字を弾きだしたように思われる。
  • 全人口ベースでは労働参加率−雇用人口比率の動きを基に回復度合いを論じていたのに、ここでは雇用人口比率の動きを基に回復度合いを論じている*6。ここでも前者の指標を基に回復度合いを論じるならば、(7.4-4.2)/(7.4-2.5)*100≒65%となる。13年末のOECD値を基準にしても、(7.4-4.6)/(7.4-2.5)*100≒57%。
  • NAIRU達成時の81.2%という労働参加率*7と78.7%という雇用人口比率から逆算すると、上表に示した通り、NAIRUは3.1%という計算になる。さすがにそれは低いのではないか? 全人口ベースの失業率が5.4%という数字になった時の25-54歳ベースの失業率は概ね4.4%となる(例:2008年1-8月平均)。そこから計算した雇用人口比率は77.6%となるので、谷からの上昇幅は3.6%ポイントではなく2.5%ポイント。その時の労働参加率と雇用人口比率の差は2.5%ポイントではなく3.6%ポイント。従って、回復度合いは(7.4-4.2)/(7.4-3.6)*100≒84%となり、全人口ベースの数字とほぼ同じになる。
  • デロングは、大不況によって労働参加率が恒久的に低められたため、回復度合いが低くなっている可能性を示唆している。全人口ベースの場合、CEAの見積もりではその数字は0.9%ポイント。谷時点の指標値6.5%のうち6.5-0.9=5.6%までしか回復が見込めないのであれば、現在の回復度合いは(5.6-3.9)/(5.6-3.4)でデロングの示した3/4とほぼ等しくなる。また、25-54歳ベースでは1.8%ポイントという数字を突然示しているが、それを同様に谷時点の数字に当てはめると、7.4-1.8=5.6%ポイントまでしか回復を見込めないことになり、(5.6-4.6)/(5.6-2.5)でデロングの示した1/3という数字が出てくる。しかし、労働参加率を恒久的に低下させた半面、雇用人口比率はそれとは関係無く元の水準に戻るべき、という前提で出した回復度合いにいかほどの意味があるのか?


最後に、労働参加率と雇用人口比率をそれぞれのベースについて描画したグラフを示しておく。

*1:記事の元となったレポートはこちら

*2:その点は例えばここで紹介したケンウォーシーの分析でも指摘されている。

*3:cf. ここここで紹介したように、クルーグマンは雇用指標として働き盛りの雇用人口比率を良く使う(こちらも参照)。

*4:デロングは83.1と記述しているが、ここでは計算値を優先した。

*5:デロングは3.7%ポイントと記述しているが、ここでは計算値を優先した。

*6:男女別に論じた後続エントリも同様。

*7:この算出根拠も明記されていない。