ファイナンスと比較経済学の研究を転換させた論文

シカゴブース大学院のSteven Neil Kaplanとルイジ・ジンガレスが、同大学院の発行する「Capital Ideas」誌の春号に「How 'Law and Finance' transformed scholarship, debate」という記事を書いている(H/T Mostly Economics)。
以下はその冒頭部。

It has been 15 years since the publication of “Law and Finance,” the paper Robert W. Vishny, Myron S. Scholes Distinguished Service Professor of Finance, wrote alongside three collaborators who were all at Harvard at the time: Rafael La Porta, Florencio Lopez-de-Silanes, and Andrei Shleifer. In that relatively short space of time, Vishny and his coauthors have helped to transform the study of finance and comparative economics. “Law and Finance” became not only one of the most important papers in finance, but one of the most cited papers in social science overall.
Indeed, the paper has had such influence on subsequent scholarship that its innovation and ambition are not always immediately apparent to researchers who were not immersed in the relevant research in the 1980s and 1990s.
At the time, academic research in finance generally examined securities in terms of what they paid off under different circumstances. Theorists had thought about the various “control rights”—the ability of shareholders to vote on directors’ tenure, and of debt-holders to repossess collateral—that come with securities, but there was little empirical work on the subject. Vishny and his coauthors were among the first researchers to look empirically at the rights that accompany securities, in addition to the cash flows.
(拙訳)
ファイナンスのマイロン・S・ショールズの名を冠した特別待遇教授であるロバート・W・ヴィシュニーが、当時いずれもハーバードに在籍していた3人の共著者ラファエル・ラポルタ、フローレンシオ・ロペス・デ・シラネス、そしてアンドレイ・シュライファーと共に書いた論文「法とファイナンス」が出版されてから15年が経過した。その比較的短い期間において、ヴィシュニーとその共著者たちの研究は、ファイナンスと比較経済学の研究を転換させる一助となった。「法とファイナンス」はファイナンスにおける最重要論文の一つとなっただけでなく、社会科学全体において最も引用された論文の一つとなった。
実際、同論文はその後の学界での研究に対しあまりにも大きな影響を及ぼしたため、その革新性と野心を、1980年代と1990年代の関連分野の研究に浸っていなかった研究者は必ずしも直ちに把握できないだろう。
当時の学界でのファイナンス研究は、証券が異なる状況下で幾らの見返りをもたらすかについて調べるのが一般的だった。理論家は、証券に随伴する様々な「支配権」――株主が役員の任期について投票できることや、債権者が担保を回収できること――について考えを巡らせたが、そのテーマについての実証的研究はほとんど無かった。ヴィシュニーと共著者たちは、キャッシュフローに加えて証券に随伴している権利について実証的に調べた最初の研究者の一人であった。

記事では、この後に、同論文(cf. NBER版)の特長について概ね以下のようなことを書いている。

  • 49ヶ国からデータを収集し、比較経済分析に新たな息吹を吹き込んだ。
    • それまで比較経済分析と言えば社会主義国と非社会主義国の比較だったが、それも冷戦終結で終わりを告げた。その後の研究は先進国に焦点を当てており、当時の研究者が意味のある研究対象と考えていた経済は日独米だけだった、と言ってもさほど過言ではない状況になっていた。
    • 包括的な分析を行うに当たっては、厳密な比較分析は多大なリソースを要する、という実務面の障壁があったが、ヴィシュニーらはデータ収集に必要な研究助手の一団を雇うリソースを有していた。
  • 各国の商法の源流まで遡り、英国法が起源のコモンローと、ローマ法が起源のシビルロー――それはさらにフランス系、ドイツ系、スカンジナビア系に分かれる*1――を区別した。
    • その上で、コモンローの法体系の方が債権者や株主の権利を保護するため、金融がより発展する、と主張し、コモンローの法体系の方が投資家にとって有利になっていることを実証分析で確認した。その実証結果は今日においても有効かつ頑健である。
  • 格別難しい計量経済学や複雑な方程式に依存しておらず、平均、平均の差の検定、単純な回帰を用いている。
    • 特に技術的ではないので、MBAの学生なら誰でも理解できる。そのことも他の研究者にとっての重要な教訓となる。

*1:論文では日本はドイツ系に分類されている。