財政赤字を削減するための増税はGDPに悪影響を与えない?

Econbrowserの6/30エントリでメンジー・チンが、Ricardoというコメンターがローマー夫妻の2010年のAER論文を誤読していると非難している。具体的には、6/28エントリのコメント欄でRicardoが、ローマーは税率を上げれば税収が減り税率を下げれば税収と成長率が高まると述べた、と書いたことがチンの逆鱗に触れたようだ。


今後こうした誤解が繰り返されるのを防ぐため、としてチンは、改めてローマー論文の主旨を解説している。その際、同論文の以下の図9に関する説明を引用している。


図9のパネルCは、長期的な目的のためにGDPの1%の増税を行った場合のGDPへの影響を見たものである(手法としてはベクトル自己回帰[VAR]が用いられている)。GDPは10四半期後に2.99%(t値=-2.92)と最大の減少を示している。その落ち込みからのGDPの回復は、5年後(=20四半期後)においても限られたものとなっている。


一方、パネルDは、財政赤字への対応として増税が行われた場合である。この時のGDPの最大の変化はむしろプラス方向のものであり、2.48%(t値=1.03)の増加となっている。t値に見られるようにこの推計結果は非有意であるので、この結果から赤字削減目的の増税が経済にプラスとまで言い切るのは難しいが、とりあえずそうした増税は他の増税よりも経済への負荷が低いとは言えそうだ、というのがチンの引用部分におけるこの論文の論旨である。



ちなみにチンは、3年前のEconbrowserエントリでジェームズ・ハミルトンがWP段階のこの論文を紹介していることに触れ、そのエントリでもRicardoが(別名で)コメントを書き込んでいるにも関わらず、未だに彼が誤読を続けていることをなじっている。
ただ、そのエントリでのハミルトンは、赤字削減目的の増税とその他の増税についてのローマーの区別については触れずに、両者を通算した分析結果(図4)だけを紹介している。またハミルトンは、ローマーははっきりと述べていないと断りつつも、これだけ増税による経済の落ち込みが大きいと最終的にトータルの税収は減少するものと推測される(それは減税論者を喜ばす結果と言える)、とも書いている。
そうしてみると、Econbrowserで論文を語るなら要旨と結論以外もきちんと読んでからにしろ、というチンの憤慨は正論ではあるものの、些か要求水準が高過ぎる、という気がしなくも無い。それならばまずは共同ブロガーのハミルトンの論文紹介が中途半端なものになっていた点を糾すべきだろう、という気もする。まあ、結局は議論に党派性が絡んできたためにエキサイトした、という側面がどうしてもあるのだろうが…。



なお、コメント欄ではAngrybearのcactus(Mike Kimel)が姿を現し、自らの以前のエントリを引きながら、ローマー論文にはそもそもデータに大いに問題がある――政策効果の評価に当たって当局の当初段階の発表数字を鵜呑みにしている――という点においてRicardoの誤読なぞ凌駕する損害を世の中に与えている、と非難の矛先を論文自体に向けている(…こんな供給者側の宣伝文句だけで効果を測定する手法が他の分野でまかり通ったら、サリドマイドは未だに鎮静剤として流通し、子供の障碍との因果関係は見い出されないままだったろう、とまで書いている)。