店頭デリバティブ規制はどこの担当だったのか?

これまでクリントン政権時代の店頭デリバティブ規制への対応を巡るルービンへの批判、なかんずくCFTC委員長だったブルックスリー・ボーンに彼が掛けた圧力への批判について何回かエントリを重ねてきた。そこで浮かび上がってきたのは、そもそも店頭デリバティブをどこの規制機関が担当すべきか、ということが明確になっておらず、その縄張り争いに政権内部の関係者の精魂が傾けられた挙句、規制そのものはお留守になってしまった、という何ともお粗末極まりない実態であった。


では、なぜ1990年代の終わりになっても、そうした管轄問題が曖昧のまま放置されていたのだろうか? 4/24エントリで紹介した元財務省職員のノーマン・カールトン(Norman Carleton)のブログでは、その規制の小史とでも呼ぶべき記述が見られる。以下では、その4/23エントリを元に、店頭デリバティブ規制の経緯をまとめてみる。

  • その先物取引は規制を受けなかった。というのは、CFTCの前身であり、農務省の一部だった先物取引委員会(Commodity Exchange Authority)は、リストされている農産物の先物オプション取引しか規制対象にできなかったためである。
  • 先物取引全体に規制の網を掛けるため、商品先物取引委員会(CFTC)創設を定めた1974年の法案(Commodity Futures Trading Commission Act of 1974)では、農産物のリストに加え、「…将来の受け渡しに関する取引が現在もしくは将来になされる、玉葱を除くその他すべての商品と物品…、および、すべてのサービス、権利、ならびに所有権(... all other good and articles, except onions..., and all services, rights, and interests in which contracts for future delivery are presently or in the future dealt in)」という包括的な文言が付け加えられた。
  • そうした取引に対するCFTCの権限を強めるため、CFTCには「将来に受け渡しを行なう商品の販売に関する取引(transactions involving the sale of a commodity for future delivery)」と、そうした取引に関するオプションへの「独占的な管轄権」が与えられた。しかし、「将来に受け渡しを行なう商品の販売(sale of a commodity for future delivery)」が定義されなかったため、正確な権限は曖昧だった。
  • しかも、商品取引法には「先渡し契約除外(forward contract exclusion)」と呼ばれる記述があった:「『将来の受け渡し』という用語には、発送や受け渡しが延期された現物商品の販売は一切含まれない(The term ‘future delivery’ does not include any sale of any cash commodity for deferred shipment or delivery)」。
  • こうして、CFTCと他の規制当局との間の管轄権問題の舞台が整った。最初の議論はSECとの間に起こった。問題となったのは、証券を対象としたオプションと先物だった。これは1981年12月のシャッド=ジョンソン協定(Shad-Johnson Accord)によって決着した(協定は両機関の長の名前にちなんで名付けられた)。しかし、当面の問題が決着したにせよ、将来の議論の火種が残されたままであることは第三者の目には明らかだった。
  • 商品取引法の商品の定義が広範なものになったのは、規制対象外となる先物取引が存在しないようにすることを意図していた。また、CFTCの独占的な管轄権は、先物取引所に対する他の規制機関や賭博法などの法律による介入を防ぐことを意図していた。商品取引法の取引の定義が曖昧だったことと相俟って、これらのことは、先物取引所が店頭デリバティブ市場を攻撃する口実を与えた。
  • 問題をさらに複雑にしたのは、CFTCは取引所外での商品オプション取引を認可する権限を持っていたにも関わらず、先物取引については同様の権限を持っていなかった点にある。従って、店頭デリバティブのうち先物取引は、違法であって取引の履行を強制できない、ということになった。店頭デリバティブ業者もそのことは良く知っていた。
  • この問題に対処するため、CFTCは、様々な種類のスワップ取引を規制から免除する権限を有するようになった(ただし株式や免除対象外の証券を対象とするスワップ取引は除く)。店頭デリバティブ業者側の言い分は、商品取引法はスワップ取引を対象にしていないし、既にこの新しい商品の市場が巨大なものになっていることを考えると、今から対象にするのはあまりにも危険、というものだった。この言い分は認められた。
  • どちらが経済全体にもたらす恩恵が大きいか、あるいは法的に正しいかは別にして、店頭デリバティブ業者と先物取引所が、規制当局者を巻き込んで、自己の利益のために闘っていた、という構図は鮮明であった。
  • 2000年の商品先物近代化法(the Commodity Futures Modernization Act of 2000)は、両者の手打ちの結果として成立した。この時までに、先物取引所側は店頭デリバティブ市場を抹殺するのはもはや不可能だと悟った。また、店頭デリバティブ業者側は、先物取引所には、自分たちの欲する法的正当性を与えるいかなる法案をも阻止する力があることを思い知った。先物取引所側は、新しい法案においてCTFCの先物取引所への規制が緩くなる条項が入ることを条件に、店頭デリバティブに法的正当性を与えることを妨害しない、ということに合意した。
  • 当初は店頭デリバティブを「規制する」ことが議論の主題でなかった点は注意に値する。当初は店頭デリバティブを廃止して、先物取引所側の利益を守ることが議論の主題だった。さらに、銀行の規制当局は、スワップは銀行業務だとして認可した。銀行のデリバティブ業務は彼らの管轄だったからである。こうして業界間の利害関係を巡る争いが規制当局間の争いに転化し、SECとCFTCが裁判所に相反する見解を提出する事態にまで至った。その結果、規制システムは機能不全に陥った。多すぎる規制当局が――あるものは業界の利益に絡め取られていた――相争うことに時間が空費された。


…何だか、第二次世界大戦中の「陸海相争い、余力をもって米英に対す」という皮肉を思い起こさせる構図である。


なお、同ブログの4/10エントリでは、CFTCが数々の店頭デリバティブに免除を与えた時のことを、以下のように記している。

The CFTC under Wendy Gramm (wife of the Senator) had granted broad exemptions from the CEA. The important point here is that this made it clear that the contracts were legal and enforceable, that is, “legal certainty.” The CFTC in granting the exemptions did not make a determination that the contracts fell under its jurisdiction; what it was in effect saying was that if these contracts were subject to the CEA, they were nevertheless legal and enforceable contracts.
(拙訳)
ウェンディ・グラム(かの上院議員[=フィル・グラム]の妻)が委員長の時、CFTCは商品取引法からの広範な免除を与えた。ここで重要な点は、これによって取引が合法で履行すべきものであることを明確にしたことである。つまり、「法的正当性」を与えたわけだ。CFTCがこうした免除を与えた際には、それらの取引が自らの管轄である、という決定を行なったわけではなかった。それが実質的に意味していたのは、仮にそれらの取引が商品取引法の規制対象となるとしても、やはり合法で履行すべきものである、ということであった。

ロバート・ワルドマンは、デロングのブログのコメント欄でこの記述を取り上げ、法的解釈の混乱の元は(デロングがエントリで含意しているような)ブルックスリー・ボーンが委員長の時ではなく、この時に起きたのではないか、と指摘している。