条件付き確率破れたり

コロンビア大学統計学者のアンドリュー・ゲルマンが、直近の9/12ブログエントリで、二重スリット実験と条件付き確率の関係を論じているEconomist's View経由)。


具体的には、以下のように量子力学二重スリット実験を描写し、そこでは条件付き確率の法則が成り立たないことを示している。


yが光子の到達するスクリーン上の座標として

  1. スリット1を開け、スリット2を閉じている場合に得られる分布をp1(y)とする。
  2. スリット1を閉じ、スリット2を開けている場合に得られる分布をp2(y)とする。
  3. 両方のスリットを開けている場合に得られる分布をp3(y)とする。
  4. 3番目の実験をスリットに検出器を付けて実行する。その時、個々の光子がどちらのスリットを通過したか分かる。スリットxを通過したものとすると(x=1もしくは2)、きちんとスリットの対称性が保たれていれば、Pr(x=1) = Pr(x=2) = 1/2となる。


4番目の実験においてyを記録すれば、分布p4(y)が得られると同時に、条件付き確率p4(y|x=1)とp4(y|x=2)も得られる。
また、p4(y|x=1) = p1(y)、および、p4(y|x=2) = p2(y) であることも分かる。
さらに、p4(y) = (1/2) p1(y) + (1/2) p2(y) ということも分かる。


問題は、p4とp3が等しくないことにある。というのは、ハイゼンベルグ不確定性原理により、スリットに検知器を置いたことがスクリーンに到達した光子の分布を変えてしまうからである。このことは、条件付き確率の法則を破っている、というのがゲルマンの指摘である。


ゲルマンがこのエントリを立てたきっかけは、ベイズ統計と古典的な統計の違いを論じた9/2エントリのコメント欄での議論にある。そこで彼が、上記と同様に、二重スリット実験では条件付き確率の法則は破られている、という話を持ち出したところ、ビル・ジェフリーズという天文学者が、見方によってはそうとは限らない、と反論した。ジェフリーズが反論の根拠としたのは、レスリー・バレンタインが書いたこの論文である。
論文によると、上記で示されたような推論過程は正しくない。というのは、条件付き確率という場合の条件は、すべての情報を盛り込んでいなくてはならないからである。今の場合、その情報にはスリットで観測を行なったか否かの事実も含まれる。


だがゲルマンは、この論文に納得していない。その理由として、以下を挙げている。

  • 確率分布が観測という条件で変わる場合、その確率はもはや古典的な「ボルツマン的な」確率ではない。
  • 標準的な確率理論では、条件付きという考えを持ち出す場合、唯一の結合分布の存在が前提にある。その結合分布は、未観測の部分や、(心理統計学の場合など)そもそも観測できない部分があるかもしれないが、(群盲象を撫でるの状況になるにしても)条件付きで観測できる確固たる実体である。いったん唯一の結合分布の存在を放棄してしまうと、通常の条件付き確率の枠の外に出てしまったことになる。


従って、やはり条件付き確率の法則は破れている、とゲルマンは改めて主張する。しかし、量子力学から離れてこのことが実用上の意味を持つかどうかは分からない、ということは認めている。
ただ、たとえば、心理統計学で、質問それ自体が反応を変えてしまうような「二重スリット型」モデルが成立するかも、というアイディアを最後に提示している。