流動性の罠と財政乗数

7/17エントリで紹介した財政乗数の2つの研究を巡る話題について、クルーグマンが追加エントリを起こし、ニューケインジアンモデルと財政乗数の関係についてさらに考察している*1


WCIブログのNick Roweがそのエントリを取り上げ、クルーグマンの考察をさらに深めている。そこでRoweは、ニューケインジアンモデルを、以下の3つの方程式から成るものとして標準化かつ簡略化している。

  1. オイラー
    • 今期の消費の来期の消費に対する比率は、予想実質金利と負の相関を持つ。
  2. フィリップス曲線
    • 消費+政府支出が外生的な完全効用水準を超えたら(下回ったら)インフレは加速(減速)する。
  3. 金融政策反応関数


その上で、以下のような仮定を置いて考察を行なっている(この仮定は概ねクルーグマンに倣っている)。

  • 当期(期間1)はゼロ金利で生産は完全雇用以下の水準にある。
  • 財政政策の如何に関わらず、来期(期間2)で完全雇用水準に戻る。従って、来期の消費は、完全雇用産出水準から政府支出を差し引いたものになる。
  • 来期の価格水準は財政政策に影響されない。というのは、中央銀行が来期以降の金利を調整することによってそれを独立に定めるからである。


導かれる結果は以下の通りである。

  1. 一時的な政府支出の増加(当期のみ)の乗数は1
  2. 恒久的な政府支出の増加(当期と来期)の乗数は0
  3. 将来的な政府支出の増加(来期のみ)の乗数は-1

このうち最初の2つはクルーグマンが指摘したものだが、最後についてはRowe独自の指摘である。こうなるのは、前提によって来期の政府支出増加は1対1で来期の消費をクラウドアウトし、それがオイラー式を通じて今期の消費を(今期の実質金利が変化しないならば)同じだけ減らすからである。

ということで、このセッティングのもとでは、財政支出のタイミングの設定によって、財政乗数を-1と1の間の適当な値に持って来ることができる。


さらに、財政政策が経済が完全雇用水準に復帰する時間を縮めるという仮定を取り入れると、一時的な支出増加の乗数は1より大きくなる。というのは、元は来々期(期間3)で完全効用水準に戻るはずだったのが、来期(期間2)に早まったとすると、期間2の期待インフレ率は高まって実質金利は低下し、その結果消費が増加する。それによって今期(期間1)の消費も増加するからである。
極端な場合、現在の経済が完全効用水準に達するか否かの瀬戸際にあって、もし達成できなければデフレスパイラルに陥って二度と立ち直れなくなるケースが想定できる。その場合、無限小の財政支出増で天国か地獄かを分けるので、乗数は無限大となる。同様に、乗数がマイナス無限大という極端なケースも想定できる。


ニューケインジアンモデルでは、財政乗数を如何様にもでき、その値を決めるのはモデルではなく仮定だ、というのがここでのRoweの結論である。従って、マンキューとクルーグマンが問題にした2つの研究の差も、仮定の違いによるのではないか、というのがRoweの見解である。

*1:その最後には、しかし結局、消費関数としては、ニューケインジアンのような異時点間の最大化を考えるよりは、ケインズのような単純な関数の方が良いのかもしれない、とちゃぶ台返しのようなことも書いている。