安全資産プレミアムと流動性プレミアムの上昇が自然利子率の低下をもたらした

NY連銀ブログの3連ポストでMarco Del Negroら4人のエコノミスト*1が、昨年3月のブルッキングス研究所コンファレンスで提示した論文を解説している。論文の内容は、カバレロらの持説*2である安全資産不足と、Del Negroや清滝氏らの言う流動性への逃避*3が、長期的な実質金利、ひいては自然利子率の低下をもたらした、という仮説を実証的に検証したもの。


最初のエントリでは、金利低下の原因に関する他の仮説として以下を紹介している。

  • 潜在成長率の低下
  • 人口動態要因
    • 高齢化により人々が欲する貯蓄が増加し実質金利が抑えられた。
  • 所得格差要因
    • 貯蓄性向の高い富裕層家計に所得が集中するようになった。
  • 長期停滞要因
    • cf. ここ。慢性的な需要不足が原因だが、名目金利の下限のせいで、実質金利の低下によってその需要不足を回復させることができない。

しかしこれらの仮説が正しければ、すべての金利が低下するはずである、と著者たちは言う。だが、社債国債金利のスプレッドが1990年代後半以降に上昇基調にあることが示しているように、国債金利社債に比べて特に低下している。従って、安全性や流動性という国債特有の特性に対するプレミアム――Krishnamurthy=Vissing-Jorgensenに倣って著者たちはこれをコンビニエンス・イールドと呼んでいる――が拡大したのだ、というのが彼らの主張である。なお、安全性のほかに流動性も考慮に入れる必要があるのは、最上級格付けの社債国債のスプレッドもまた拡大しているから、とのことである。


2番目のエントリではVARによる実質金利(ならびにコンビニエンスイールド)のトレンドの推定を行い、3番目のエントリではその結果をDSGEによる推定結果と比較対照させている。DSGEの推定によってVARの推定を補完することの意義について著者たちは以下の2点を指摘している。

  • DSGEは自然利子率r*を推定する
    • ここではr*を、名目硬直性の存在しない経済における、完全に安全で流動的な短期金融資産の実質利回り、と定義。
    • 名目硬直性がなければ、金融政策は実体経済ならびに実質金利に影響を与えないので、r*は金融政策「不在」時の金利と考えることができる。
    • 従って、もしr*の動きがVARによる実質国債金利と一致するならば、通常の金融政策がその動きの主因ではないことになる。
  • DSGEではVARよりも多くの経済時系列データと推定結果を関連づけることができる
    • それは、DSGEの特徴であるミクロ的基礎付けによって、自然利子率、国債金利、スプレッドと、GDP、消費、投資などの他のマクロ経済変数との間に緊密な連関があるため。
    • その連関に基づき、自然利子率の推計の際にマクロ経済変数から情報を取り出すこともできる。
    • ただ、モデルの定式化が間違っていれば、結果も誤ったものとなる。その点において、DSGEとVARの結果が似たものとなれば、推計の確信度が増すことになる。

実際の結果は下図で、両者は似た動きになっている。

   

DSGEの方が変動が大きいが、これについて著者たちは、通常、DSGEによる自然利子率推計では景気循環変動しか捉えられないとされているが、ここではトレンドの変動も捉えている、と前向きに解釈している。


また、この結果をコンビニエンス・イールドとそれ以外の要因に分解した場合も、1990年代末からコンビニエンス・イールドが拡大している、という点で両推計は符合している、と著者たちは言う(下の最初の図がVARで、二番目の図がDSGE。VARの図ではコンビニエンス・イールドが逆符号になっていることに注意)。
   
   
ただ、DSGEによる要因分解では生産性ショックも近年の自然利子率に重要な役割を果たしている。これについて著者たちは、Laubach=Williamsの潜在成長率低下仮説に沿うもの、と認めている。


さらに著者たちは、その有力仮説のLaubach=Williamsの推計結果と自分たちの推計結果を比較し、推計の前半期間は乖離しているが、1980年代半ば以降は近付き、特に1990年代末以降の大きな低下は類似しており、直近のベーシスポイントの差はかなり小さい、と評している(下図)。ただし、ここで著者たちが使った推計結果は、長期トレンドを捉えるために使った上の30年予測ではなく、5年先予測とのことである。そのため、過去20年間の金利の低下幅(3%近辺→0%以下)は上の倍程度になっている。このことは、Laubach=Williamsの推計は短期的な動きを強調する形になっていることを示しているのではないか、と著者たちは述べている。
   

*1:他はDomenico Giannone、Marc Giannoni、Andrea Tambalotti。

*2:cf. ここここ

*3:cf. ここ