ナッジが逆効果になる時

について警告した記事をライス大学のUtpal Dholakiaがハーバードビジネスレビュー書いている(H/T Mostly Economics)。
以下はその冒頭部。

In the approximately eight years since the book Nudge, by Richard Thaler and Cass Sunstein, came out, nudges have become a widely used consumer influence strategy. Nudge marketing refers to deliberately manipulating how choices are presented to consumers. Its goal is to influence what consumers choose, either to steer them toward options that the marketer believes are good for them or simply to stimulate purchases and increase sales.
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However, not everything about nudge marketing is rosy. In their enthusiasm, marketers have overlooked some fundamental concerns about using nudges. A company that doesn’t understand these minefields could adversely affect its marketing. Nudges that are poorly thought out could be ticking time bombs waiting to explode and damage the company’s reputation and credibility among its loyal customers. While there are lots of reasons for this, here are the three big ones:
(拙訳)
リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンの著書「ナッジ*1」が出版されてからおよそ8年の間に、ナッジは消費者に影響を与えるために広く使われる戦略となった。ナッジマーケティングは、選択肢がどのように消費者に提示されるかを意図的に操作することを指す。その目的は消費者が何を選択するかに影響を与えることであり、それは、マーケティング担当者が消費者にとって良いと考える方向に彼らを向けさせるためか、もしくは単に購買意欲を刺激して売り上げを伸ばすためである。
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しかし、ナッジマーケティングは良いことづくめではない。熱心に取り組むあまり、マーケティング担当者はナッジの使用に際しての幾つかの基本的な懸念を見過ごしてきた。そうした地雷原を理解していない会社は、マーケティングで逆効果を招くこともあり得る。きちんと考えられていないナッジは時限爆弾となって、爆発すれば会社の評判と忠実な顧客の信頼を損ないかねない。そうなる要因は多々あるが、ここでは3つの大きなものを挙げておく:

以下はその3大要因の概要。

  1. ナッジは上から目線のものとなり得る
    • ナッジマーケティングは消費者行動の1次元心理モデルに頼っている。
    • 定義そのものにより、ナッジは、消費者の動機と能力が劣っているとする心理モデルを用いている。ナッジがある行動を促すときは常に、マーケティング担当者は消費者に事実上「あなたはあまりに意志薄弱で、十分に自己管理ができない。あなたには助けが必要だ。私があなたをナッジしないと、あなたは正しいことを実行しないだろう」と言っているのである。
    • 例えばスーパーマーケットが「Follow the green arrow for your health(健康のために緑色の矢印に従いましょう)」と書かれた巨大な矢印のプラスチックのマットを置いて来店者を農産物の一角に案内しようというナッジ戦略を取った時は、そうした矢印無しでは人々は十分な野菜や果物を買わないだろう、というシグナルを発しているのである。

  2. ナッジが「機能する」時でも、その最終目的は達せられないかもしれない
    • ナッジは特定の行動を促すというあまりにも狭い目的に焦点を当てている。そのため、より広い範囲に亘るのが通常である最終目的の達成には適していない。
    • 最も良い形でも、ナッジは特定の行動に人々を促す。緑色の矢印は農産物エリアに来店者を向かわせて野菜や果物を買わせるかもしれないが、彼らが家に持って帰った後に食べるか、それとも腐るまで冷蔵庫で放っておくかは分からない。また、このナッジによって消費者が砂糖の摂取量を減らして定期的に運動するようになるかも分からない。そのナッジが消費者の健康的な行動を促すのは、あくまでも農産物の販売までである。

  3. 「ちょうど良い」ようにするのは非常に難しい
    • 行動経済学の学術誌はナッジの成功例で溢れているが、実際には、ゴルディロックスのお粥と同様、ナッジはちょうど良くなくてはならないのだ。
    • ナッジが弱すぎれば、消費者に有意な影響を与えず、マーケット担当者は単にナッジの試みが失敗した、とメモするだけで公式の記録には何も残らない(学術誌も消費者へのナッジの失敗例を掲載しようとはしない)。
    • たとえナッジが機能したとしても、弱すぎれば成功した結果をもたらすための十分な勢いをもたらさない。今日では多くの企業が従業員を退職貯蓄計画に自動的に加入させるが、加入者は概ね2%や3%といったデフォルトの貯蓄率を使う。それはゼロよりましとは言え、退職時に十分な貯蓄を保有するには低過ぎる。
    • また、ナッジが強過ぎる、もしくはあからさま過ぎると、顧客の反発を招く。カリフォルニアの電力会社が、顧客の電力使用量と「平均的」使用量および「効率的」な顧客の使用量とを併記するレポートを配布したところ、政治的にリベラルな顧客はナッジの目論見通り節電に励んだが、保守的な顧客は反発してむしろ使用量を増やした。
    • そのほか、ナッジ戦略が知れ渡ると効果を失う、という問題もある。

Dholakiaは、ナッジと同様に行動経済学から発して過去十年間に大きく発展した分野として「motivational psychology(動機付けの心理学)」を挙げ、こちらの方がナッジよりも効果的であり、かつ、顧客と同じ目線に立っている、と述べている。

*1:邦訳:

実践 行動経済学

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