経験豊富なルービンシュタインが「迷える」経済学徒に送る十のアドバイス・続き

昨日紹介したアリエル・ルービンシュタイン問答集「10 Q&A: Experienced Advice for “Lost” Graduate Students in Economics」から、残り5問の拙訳*1

質問1
今テンパっています。学位論文のアイディアがまったく思い浮かびません。どうしたら良いでしょう?
回答
まず、何をすべきでないかを言っておこう。自分の専門のセミナーにあまり出過ぎないことだ。さもなくば、既存の研究にコメントを付け加えるだけに終わってしまうだろう。その既存の研究というのも大概は以前のコメントへのコメントから成り立っており、その以前のコメントというのも取るに足らないものに過ぎない。
良いアイディアが欲しければ、自分の周りの世界を観察するか、他の分野の講義を取ることだ。私自身の学位論文の幾つか(モラルハザードと無限期間を取り込んだプリンシパル=エージェント問題に関する1979年の論文のような)は、私が取った法律の講義の最中に夢想している時に思いついたものだ。
質問3
もう30ページ書きました。何回か同じことを繰り返し書いていて、証明も必要以上に長くしています。不確実性は可能なところにすべて付け加え、離散ケースからバナッハ空間への移行も済ませました。それでもアドバイザーは、これではノートにもならない、と言います。私は論文をどこまで長くすべきなのでしょうか?
回答
あまり良いアイディアが無ければ、それを続けることだ。行間を空けない状態で60ページになるまで続けること。どうせ誰も読まないのだから、そうすれば少なくともQJEかエコノメトリカに掲載されるチャンスが生まれる。
もし本当に良いアイディアがあるならば、行間を1行空けた状態で15ページ以内に収めること。経済学の論文でそれ以上長くする価値のある論文なぞ見たことは無いし、貴君のも例外では無い。確かに経済学の論文は長いが、そのほとんどすべては死ぬほど退屈なものだ。50ページのエコノメトリカの論文を読んで正気を保っていられる者などいるだろうか? ということで、短い論文を書いて世界に貢献することだ。新しいアイディアに焦点を合わせ、証明は必要最低限にまで短くし(そうだ、それは可能なのだ!)、馬鹿げた拡張は避け、エレガントに書くこと!
質問5
昨日の午後、奇妙なことが起きました。私の学部を訪れた著名な経済学者に、私の就職用論文について説明していた時のことです。私は緊張していましたが、彼は非常に注意深く耳を傾けてくれて、態度も礼儀正しいものでした。彼は私のアイディアを褒めてくれましたが、彼自身ずっと前にそれを思い付いていて、彼の有名なAER論文の脚注でも言及した、と付け加えました。私は非常にばつの悪い思いをしました。私は論文を破棄すべきでしょうか?
回答
まだ早い。その著名な経済学者が誰かは知らないが、彼のような人間は(それほど著名でない者も含め)何人かこの業界を我が物顔に歩いている。当然ながら貴君は、その男が偶然にも正しいことを言っていて、貴君のアイディアが彼が何年も前に出版した論文に既に掲載されているかどうかをチェックしなくてはならない。もちろん貴君はすべての関連キーワードを何回もぐぐり、関連論文を何十本も読んだこととは思うが、本当に読んでおくべきだった論文一本を見逃していた、ということもあり得る。
しかしながら、その経済学者がキャリアの中でいろいろなアイディアを思い付いていて、少し混乱している、ということもあり得る。自分が貴君より前に思い付いていたはずだ、と思うほど彼が貴君のアイディアを素晴らしいと思ったことは誇りに思って良い。もっと大事なことは、この不快な経験から教訓を学ぶことだ。20年後、院生から言葉を掛けられるほど貴君が有名になった時に、彼らが携えてくるアイディアを自分が既に思い付いていた、などと貴君が確信することは決して無いだろう。
質問8
就職面接で大失敗しないか心配すべきでしょうか?
回答
そうすべきだが、私の話を聞いてみるのも良かろう。私は通常の「就職活動」を行ったことは無い。しかし、1979年にエルサレムヘブライ大学で学位論文を仕上げていた時、何人かの教授が、たまたまイスラエルを訪問中の米国の教授に紹介して手助けしてやろう、と考えた。その中の一人が、MITのシニア教授で、エコノメトリカの元編集長でもあり、当時業界の大物だったフランクリン・フィッシャーだった。エイタン・シェシンキがハヌカーの蝋燭のイベントを準備しており、他のゲストが到着する一時間前に私がフィッシャーに会うように手配してくれた。私は居間の一角の小テーブルでフィッシャーと一緒に座った。私は1時間半掛けてそれまでに完成させた8本の論文を彼に要約して説明した。フィッシャーは辛抱強く聞いていた。それから彼は、MITについて何か聞きたいか、と尋ねた。私は本当に聞きたくなかったし、この非常に息が詰まる状況からできるだけ早く抜け出したいと思っていたが、ノーとは言えなかった。それで私は「はい」と答えた。するとフィッシャーは「我々はMITで講義を行い、その講義は英語で行っている」と言った。
質問10
最後に、何か真面目なことを言うおつもりはありますか?
回答
もちろん。私はここまでも大いに真面目に話してきたつもりだ。ただ、最後にこれだけは付け加えておこう。君たちは地上で最高の特権階級の一員だ。社会は君たちに素晴らしい機会を与えてくれた。君たちは好きなことをし、新しいアイディアを思い付き、自分の見解を自由に表明し、好きなやり方で物事をやるべきだ。しかも、それによって少なからぬ報酬を得るのだ。そうした特権を当然のものと考えてはならない。我々は非常に幸運なのであり、そのお返しとして何かを成し遂げねばならない。


UDADISIはこのうちの質問3と、昨日紹介した質問6の(b)が気に入った、との由。

*1:これを訳している途中に道草で既に残りを訳された人がいたことに気付いたが、その時点で質問8の訳の途中まで進んでいたので、取りあえず仕上げたものを上げておく。