フォン=ノイマン・モルゲンシュテルン効用関数の再発見?

引き続きEconomic Logicの過去エントリで取り上げられた温暖化対策と割引率関連の論文を紹介する。今日は2010/2/4エントリで取り上げられたChristian Gollierとマーチン・ワイツマンの共著論文「How Should the Distant Future be Discounted When Discount Rates are Uncertain?」。同論文ではWeitzman-Gollier Puzzleなるものがテーマとなっている。

そのパズルの概略は以下の通り。


ワイツマンによれば、将来のt時点に対する不確実性を取り込んだ割引率RW(t)は、以下のように計算される。
  \exp(-R^W(t)t)=\sum_{i=1}^{n}p_i\exp(-r_i t)                 (1)
より
  R^W(t)=-\frac{1}{t}\ln(\sum_{i=1}^{n}p_i\exp(-r_i t))                   (2)

ここでpiは状態iの生起確率、riは状態iにおける資本の限界生産力である。RW(t)は各状態の割引率そのものを確率で加重平均して求めるのではなく、いったん各割引率を割引因子の形にしたものを確率で加重平均し、そこから改めて逆算することになる。
この時、今日δの投資をして将来εの便益を生み出すことについての費用便益分析は
  \epsilon\exp(R^W(t)t)\ge\delta                          (3)
で表わされる。
また、RW(t)は、
  R^W(0)=\sum_{i=1}^{n}p_i r_i\hspace{2mm},\hspace{2mm}\frac{dR^W(t)}{dt}<0\hspace{2mm},\hspace{2mm}R^W(\infty)=min\{r_i\}         (4)
という特性を持つ。即ち、長期においては最小のriが(Σの中で最大のexp(-rit)となることを通じて)RW(t)の主たる決定要因となる。


一方、これについてGollierが指摘したのは、ワイツマンの論理を逆さにして、現在の生産的な投資からδを間借りして、将来のt時点でεの便益を生み出すことが正当化されるのは、投資の期待収益率RG(t)が
  \epsilon\ge\delta\exp(R^G(t)t)                          (5)
を満たす場合である、という点である。その場合、現時点で間借りしたδが本来生み出すはずだったδexp(RG(t)t)をt時点で返却してもゼロ以上のお釣りが来るので、そうした間借りが正当化される、というわけである。
この時、
  \exp(R^G(t)t)=\sum_{i=1}^{n}p_i\exp(r_i t)                     (6)
より
  R^G(t)=\frac{1}{t}\ln(\sum_{i=1}^{n}p_i\exp(r_i t))                    (7)
となり、RG(t)は、
  R^G(0)=\sum_{i=1}^{n}p_i r_i\hspace{2mm},\hspace{2mm}\frac{dR^G(t)}{dt}>0\hspace{2mm},\hspace{2mm}R^G(\infty)=max\{r_i\}         (8)
という特性を持つ。即ち、長期においては最大のriが(Σの中で最大のexp(rit)となることを通じて)RG(t)の主たる決定要因となる。


このように、対称的な仮定から出発したにも関わらず、t=0における値を除けばおよそ対照的な割引率が導き出されてしまう、というのがWeitzman-Gollier Puzzleである。


このパズルは、効用関数を考えることで解決する。その場合、効用関数が満たすべき一階条件は
  \frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_0}=\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_t}\exp(r_t i)                       (11)
であり、投資を正当化する条件は
  \epsilon\sum_{i=1}^{n}p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_t}\ge\delta\sum_{i=1}^{n}p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_0}                   (12)
となる*1。ただしCは消費、Vは効用関数で、消費に付いているアスタリスクは最適経路を辿っていることを示す。ここでワイツマン流に(12)式から(11)式を用いて∂V (Ci*)/∂Ctを消去すると
  \epsilon\sum_{i=1}^{n}q_i^W\exp(-r_i t)\ge\delta\hspace{10mm}with\hspace{10mm}q_i^W=\frac{p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_0}}{\sum_{i=1}^{n}p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_0}}        (13)
が得られる。これは、割引率として
  R_*^W(t)=-\frac{1}{t}\ln(\sum_{i=1}^{n}q_i^W\exp(-r_i t))                   (14)
を用いることに相当する。
一方、Gollier流に(12)式から∂V (Ci*)/∂C0を消去すると
  \epsilon\ge\delta\sum_{i=1}^{n}q_i^G\exp(r_i t)\hspace{10mm}with\hspace{10mm}q_i^G=\frac{p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_t}}{\sum_{i=1}^{n}p_i\frac{\partial V(C_i^*)}{\partial C_t}}         (15)
が得られる。これは、割引率として
  G_*^W(t)=\frac{1}{t}\ln(\sum_{i=1}^{n}q_i^G\exp(r_i t))                      (16)
を用いることに相当する。

この時、両割引率は等しくなり、パズルは氷解する。また、その割引率R* = R*W = R*G
  R_*(0)=\sum_{i=1}^{n}q_i^W r_i\hspace{2mm},\hspace{2mm}\frac{dR_*(t)}{dt}<0\hspace{2mm},\hspace{2mm}R_*(\infty)=min\{r_i\}         (17)
という特性を持つ。つまり、当初のワイツマンの考察通り、最も小さな割引率に収束する。


論文では、その含意を次のように説明している:この論文のモデルでは資本の生産性への衝撃は恒久的であるが(∵riに特に動学的な設定はなされていない)、(11)式より、消費成長へのリスクも恒久的となる。そのため、ブラウン運動の場合と違ってリスクは期間の長さと共に累積的に増大する。そうしたリスクに備えて、消費者はケインズのいわゆる予備的貯蓄を行い、将来のためにもっと犠牲を払うようになる。それが即ち、より小さな割引率を意味することになる。



なお、Economic Logicのこの論文への評価は辛辣であり、「bad research」タグを付けて、以下のように記述している:

They both forgot about marginal utilities! Suddenly, they remembered von Neumann-Morgenstern and that the objective probabilities they where using needed to be adjusted for the intertemporal ratio of marginal utilities. In other words, they finally are using the standard Euler equation that is the basis of asset pricing. And they find that one should use a rather low discount rate.
PS: How do you get something named after you, or reinforce that it should be named after you? Apparently by repeatedly drawing the attention of the reader to it. Gollier and Weitzman do this in this paper, and it is very annoying, especially when their "puzzles" come from a failure to use the appropriate framework. Oh, and did I mention von Neumann-Morgenstern?
(拙訳)
彼らは二人とも限界効用のことを忘れていたのだ! 突然彼らはフォン=ノイマン・モルゲンシュテルンを思い出し、自分たちの使っていた客観確率は異時点間の限界効用の比率について調整する必要があることに気付いた。換言すれば、彼らはやっと資産価格評価の基礎たる標準的なオイラー方程式を使うようになったのだ。そして彼らは低い割引率を使うべきであるということを見い出した。
PS:何かに自分たちの名前を冠する、ないし、それに自分たちの名前を冠するべきだという動きを強めるためにはどうすれば良いか? 明らかな戦略は、読者の関心を繰り返しそれに引きつけることだ。Gollierとワイツマンはこの論文でそれを行っているが、非常に迷惑な行為だ。彼らの「パズル」が、適切な分析の枠組みを使い損ねたことに起因していることを考えると猶更だ。ええと、フォン=ノイマン・モルゲンシュテルンのことは言及したかな?

コメント欄でもその辛辣な評価に賛同するコメントが書き込まれているが、その中の一つによると、それでも同論文は2011年のErik Kempe Awardなる賞を受賞したとの由。


[2023/1/13:Texのhspace引数をmm単位指定するなどのフォーマット修正を実施]

*1:式番号は論文に従っているため、本エントリでは連続していない。