表題の件に関する思考実験として、二国一財モデルを考えてみる。ここでは便宜上、二国を日本と米国とする。なお、あくまでも素人考えなので、その点は割り引いて受け止められたい。
当初時点(時点1)で、財が、日本国内では100円、米国国内では1ドルで取引されているものとしよう。購買力平価から、為替相場は1ドル=100円となる。この時点では、為替相場が購買力平価に等しいものとする。
時点2で、米国の物価が倍増し、日本の物価はそのままだったとする。即ち、財が、日本国内では100円、米国国内では2ドルで取引されるようになる。
この場合、購買力平価は1ドル=50円となる。仮に、為替相場が購買力平価に沿って実際に1ドル=50円になったとしよう。その場合、円の名目実効相場は、当初時点を100とすると、200となる。一方、円の実質実効相場は、同じく当初時点を100とすると、100のまま変わらない。
ここで両国のGDPを考えてみよう。単純化のため、時点1と時点2で両国とも実質GDPは変わらなかったとする。その場合、名目GDPは、日本は不変だが、米国は倍増する。購買力平価や名目実効相場で換算して両国のGDPを比較した場合は、時点1と時点2でその比率は変わらない。一方、実質実効相場で換算すると、米国が倍になったことになる。
この差はなぜ生じるのだろうか? 簡単に言えば、購買力平価の考え方において物価上昇(インフレ)は購買力を毀損するものとしてネガティブに働くのに対し、実質実効為替レートの考え方においては物価が上昇するとその通貨の価値が上昇したのと同等の扱いになる、といういわば正反対の捉え方をしているためである。
現実には、物価上昇についてどちらの解釈が当てはまるかはケースバイケースになる。あるいは、両者の組み合わせになるかもしれない。それによって、為替相場が購買力平価に沿って動くか、それとも乖離するかが決まる。加えて、現実世界では、金利や経常収支といった要因が為替を大きく左右する。上例で、仮にドルが1ドル=50円まで下がらずに1ドル=75円の下落に留まった場合、両国の実質GDPには変化が無いにもかかわらず、米国の相対的な名目GDPは1.5倍になる。
また、昨今の経験に照らすと、物価上昇がコストプッシュによるものだからと言って通貨価値を毀損する方向に働くとは必ずしも限らない。コロナ禍やウクライナ戦争を経て海外の物価は日本より大きく上昇し(特にエネルギー価格)、その分、生活は苦しくなったことが報告されたが、賃金もそれなりに引き上げられ、実質成長率もそれなりの水準を維持した。一方、日本はインフレ率は海外ほど急騰しなかったものの、その分上昇が長引き、足元ではむしろ海外を上回っている(このことには、政策でインフレを抑えたことも寄与していると考えられる)。また、金利差と貿易赤字により、為替相場ではむしろ円安が進行した。そのため、(海外に比べれば低かったかもしれないが)そこそこの実質成長率を維持したにもかかわらず、名目GDPは海外に比べて一層小さくなった。
ここから得られる一つの意外な教訓は、物価上昇は、たとえそれがコストプッシュによるものであったとしても、実質成長率を維持できる範囲のものであれば、海外との比較において名目GDPを押し上げるブースト効果を持ち得る、ということである。ただしその代償として、インフレ対策による金利上昇や、所得上昇が物価上昇に遅れをとることによってもたらされる国民の厚生の低下が生じる。そうした点からも、厚生の低下を限定的なものとする程度のインフレは望ましいと言えるのかもしれない。