に関する議論がツイッターの一部でヒートしていたが、その議論を追っているうちにパリティの1996年7月号に「ウィグナーの遺産:物理における対称性」(David J. Gross著、佐藤光氏*1訳、原文はSymmetry in physics: Wigner's legacy (Phys.Today 48N12 (1995) 46-50))という論文が掲載されていたことに気付いたので、以下にその冒頭を引用してみる。
対称性の原理が理論物理学の中でその明確な役割を演ずるようになったのは、20世紀になってからである。保存法則,特にエネルギーと運動量の保存法則は基本的に重要なものであると考えられていたが、これらは自然界の力学法則から導かれるもので,それらの背後にある対称性から導かれるものだとは考えられていなかった。1865年に定式化されたマクスウェル方程式にはローレンツ不変性とゲージ不変性が内在していたが、これらの対称性が正しく認識されたのは40年以上もたってからのことである。
アインシュタイン(Albert Einstein)が1905年に押し進めた偉大な進歩は、対称性を第1に考え、対称性の原理は自然界のもっとも基本的なものであって、力学法則の形はそれによって決まるとしたことである。したがって電磁場の変換性は、ローレンツ(Hendric Lorentz)が考えたようにマクスウェル方程式から導かれるものではなく、むしろ相対論的不変性の結果であり、それによってマクスウェル方程式の形が実際上決まっているのである。これは非常に深遠な考え方の変化である。ローレンツはアインシュタインにしてやられたと感じたに違いない。
10年後この考え方をもとに、アインシュタインは一般相対性理論の構築という大成功をおさめた。等価原理,局所対称性の原理(時空座標の局所的変化のもとでの自然法則の不変性)をもとにして,重力および時空それ自身の力学法則が決められたのである。
この壮大な成功にもかかわらず、アインシュタインのメッセージは一般相対性理論の研究以外では理論物理学にそれほど大きなインパクトを与えたわけではなかった。その1つの理由は、対称性の原理を研究するために必要な数学である群論がまだなじみが薄く、当時では新しい数学であったためである。ウィグナー(Eugene Wigner)は1931年に出版された彼の記念碑的作品である『群論とその量子力学への応用』の序論の中で,「物理学者の間には、群論を用いた議論を受け入れるのに大きな抵抗がある」と述べている。
4年後の1935年でさえ、コンドン(Edward Condon)とショートレー(George Shortley)は、大著「原子スペクトルの理論』の中で誇らしげに次のように述べている。最後に,原子スペクトルの量子力学を研究する上で、群論の果たす役割について述べておきたい。読者はこの分野で群論がいかに重要であるか聞いたことがあるだろう。われわれはそれを使わずに何とかやって見よう。
このような態度がこの60年の間に劇的に変化し、今日では対称性の原理が自然界を記述するもっとも基本的な部分であると考えられるようになったのは、ウィグナーの影響によるところが小さくない。
量子力学における対称性
ウィグナーは1924~25年の量子力学革命の後,自然法則の再公式化のレースに加わった巨人たちの1人であった。1926年から1928年の間に書かれた原子構造と分子スペクトルに関する一連の論文において、ウィグナーは群論の量子力学への応用と、量子力学に果たす対称性原理の役割の両方の基礎を築いた。
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古典力学では、運動方程式のもつ対称性を利用して新しい解を得ることができる。もし運動法則が空間回転のもとで不変で、x(t)が太陽のまわりの地球の軌道のような運動方程式の解ならば、x(t)を空間回転したRx(t)もまた解である。これは便利で、かつ興味ある事実である。(<図2a>参照)
ウィグナーは「量子論における不変性の原理からは、古典力学の場合よりもずっと広く深い結論が得られる」ということを理解していた。量子力学には対称変換の線形性と重ね合わせの原理にもとづいた、これまでにない有力な仕組がある。|Ψ>が可能な状態なら、R|Ψ>もまた可能な状態である。ここでR は対称変換Rに対応したヒルベルト空間の演算子である。ここまでは古典力学の場合と同様である。しかし今度は、これらの状態からつくられる新しい状態、|Ψ>+R|Ψ>を考えることができる。たとえば地球の2つの軌道のように、このような重ね合わせに対応したものは古典力学にはない。
ウィグナーが指摘したように、重ね合わせの原理というのは、対称性の変換をして得られる状態の1次結合をつくることができるということである。・・・
回転した状態の別の重ね合わせをつくれば、対称性の群の別の既約表現が得られる。既約表現とは次のような特別な性質をもつ表現のことである:既約表現はそれ以上小さな表現に分解することができない――表現のどの部分の状態も、群の変換によって他のすべての状態と混じり合わされる。さらに、任意の状態は群の既約表現に従って変換する状態の和として表わされる。既約表現に対応したこれらの特別な状態は、対称性をもつ系のすべての状態を分類するのに使うことができ、そのような系を解析するのにたいへん重要であることにウィグナーは気がついた。こうして彼は、連続的および離散的な群の表現論が量子力学において果たす重要な役割を理解したのである。彼はさらに進んで、物理的に興味のある場合を扱うのに必要な道具だてを開発した。
ちなみに最近のツイッターで議論がヒートしたのは、「量子力学の運動方程式」の理解に群論が必要か、という点であったが、
量子力学の運動方程式は、物理量を記述する任意の演算子の時間発展の満たすべき関係式ってだけであって、対称性に関係なく成り立つから群論がなぜ出てくるのかよく分からないかな
https://x.com/physicaldog/status/1982657491969487070
群論は対称性からハミルトニアンを決定するといった、その次の段階ではじめて必要になると思う
「量子力学の運動方程式」ってシュレディンガー方程式のことなのかと思うけど(行列表示もありうる)、理解に群論必要無いです。それで量子力学的考え方はわかる
https://x.com/ak89681619/status/1983418005632758257
群論が必要になるのはたとえば原子の量子状態の理解とか。「群論」というと難しく聞こえるかもしれないけど、角運動量の合成とも呼んでる
というのが物理学徒の一般的な理解のようである。
さらにちなみにだが、量子力学の(かつての?)代表的な教科書であるLeonard I. Schiffの「Quantum mechanics*2」では、群論について「The branch of mathematics that is appropriate for a full treatment of symmetry is the theory of groups. Although we shall make essentially no use of the formal aspects of group theory in this book, it is often convenient to refer to some of its ideas and terminology. We therefore give a few basic definitions here. (邦訳:対称性の全面的な取り扱いに適合している数学の分野は群に関する理論である。群論の形式的な面は本書では本質的には無用であるはずであるとはいうものの,群論の考え方や用語法のあるものを参照することが都合のよい場合がしばしばある。その意味でここで、二,三の基礎的な定義をあげておくことにする。)」という前書きの後、1ページ程度で軽く済ませている(ただし脚注ではfuller discussionの参照先としてウィグナーの群論をはじめとする文献を挙げている)。


