というNBER論文が上がっている(1年前のWPへのリンクがある著者の一人のページ)。原題は「Exorbitant Changes in Three Parts」で、著者はAlexandra M. Tabova(FRB)、Francis E. Warnock(バージニア大)。
以下はその要旨。
We document that the positive differential on international portfolio returns, one aspect of the U.S. exorbitant privilege, has disappeared in three parts. Part One: U.S. international liabilities used to be mostly in low-return bonds while its international assets were largely in high-returning equities, thus naturally producing a positive return differential. More recently, however, U.S. equity liabilities have increased sharply, reducing this compositional tailwind. Part Two: While the exorbitant privilege literature has focused on expected returns as proxied by the sample arithmetic mean, the geometric mean is also required to produce an unbiased estimate of expected returns. Incorporating geometric means greatly reduces the returns differential. Part Three is a combined switch a) from aggregate to comprehensive security-level data to more accurately calculate returns and b) from expected to actual realized returns that take into account the timing and magnitude of portfolio flows. The combined effect of these changes is that over the past two decades the U.S. portfolio returns differential was not 228 bps but zero, and it is expected to be zero for the next decade.
(拙訳)
米国の法外な特権の一つの側面である国際ポートフォリオリターンの正の差分は、三部構成で消失したことを我々は明らかにした。第一部:かつては、米国の対外負債は低リターンの債券が大半だった半面、対外資産は概ねリターンの高い株式であり、従って自然に正のリターン差をもたらしていた*1。しかし最近では、米国の株式負債は急速に増加し、この構成効果による追い風を減らした。第二部:法外な特権に関する研究は、サンプルの算術平均で近似される期待リターンに焦点を当ててきたが、期待リターンの不偏推定量を得るためには幾何平均も必要である。幾何平均を勘案するとリターン差は大きく下がる。第三部は、a) リターンをより正確に計算するための集計量から包括的な証券レベルのデータへの切り替えと、b)予想リターンからポートフォリオのフローのタイミングと規模を考慮に入れた実際の実現リターンへの切り替えの組み合わせである。以上の変化が合わさった効果は、過去20年間に米国のポートフォリオのリターン差は228bpsではなくゼロだった、というものであり、今後10年もゼロであると予想される。
ここで言う国際ポートフォリオリターンの正の差分は、世界の保険業者としての米国 - himaginary’s diaryでレイが「対外資産から得る高リターンと債務コストとの差からもたらされる仲介利鞘を稼ぐことができた」と表現したものである。海外投資家が米国債から米国株にシフトしてそのリターン差が減った、という話は世界的不均衡へのポートフォリオ・アプローチ - himaginary’s diaryや特権の終わり:米国の対外純資産残高の再検証 - himaginary’s diaryで紹介した研究でも報告されていることであり(後者は今回の論文でも参照されている)、それがここで言う第一部である。
第二部の算術平均の問題点について著者たちは、Bessembinder et al. (2024)の知見を援用している。それによると、算術平均とは、規模が一定のポートフォリオのリターンである、とのことである。そのため、投資額を一定にするように、期中に獲得した収益を期末に(リターンがゼロの)現金口座に寄せていることを暗に前提しているという。逆に損失が生じれば、現金口座から穴埋めすることになる。これは非現実的な投資戦略である、と著者たちは指摘する。より現実的なバイアンドホールド戦略では、獲得した利払いは同じ証券に再投資され、ポートフォリオのリターンは幾何平均として計算される。幾何平均は算術平均より低いのが常であり、リターンのボラティリティが大きいほどその差は大きくなる。Fisher(1966)によると、幾何平均は算術平均から分散の半分を差し引いたものに概ね等しいという。
著者たちの試算では、2003-2022年に米国のリターン差は算術平均では年190bpsだったのに対し、幾何平均は64bpsに留まるとのことである。この差はボラティリティの低い債券によってもたらされているわけではなく、株式によってもたらされている、と著者たちは注記している。即ち、米国の株式債権の算術平均と幾何平均の差は年275bpsで、株式債務では143bpsだったとのことである。
さらに著者たちは、実際には期中に取引が発生するので、バイアンドホールド戦略も非現実的と考えられ、かつ、実際のリターンはバイアンドホールドを下回ることが報告されている、と述べている。
第三部では、証券レベルのデータではリターン差が算術平均では25bps、幾何平均では-64bps(米投資家の保有する海外証券の年リターンが5.82%なのに対し、海外投資家の保有する米証券の年リターンが6.47%)になることを報告している。さらに、バイアンドホールドの非現実性の問題に対処するため、内部収益率(IRR)で計算した「ドル加重」リターンでは、米国の海外ポートフォリオのリターンが4.60%、海外の米ポートフォリオのリターンが4.59%となり、差し引きほぼゼロになったとのことである。
*1:本文では「In the past, large positive estimates of U.S. portfolio returns differentials hinged on two components. One was a within-asset-class differential in which U.S. liabilities (by asset class) had lower returns than U.S. assets. While there was debate about whether this within-asset-class differential existed (see Curcuru et al. (2008) on this), the second component that produced large U.S. differentials- a composition effect- seemed compelling.」と記述されている。