経済学者たちのSIRモデル

経済学者がSIRモデル(cf. Wikipedia)を扱った論文が幾つか上がっている。

ハーバードのジェームズ・ストックは、「Data Gaps and the Policy Response to the Novel Coronavirus」と題した論文を公開している(H/T マンキューブログ)。そこで彼は、現在の検査が有症状者に偏っていることから、SIRモデルにおける感染確率Pr(It)が正確に測定できないことを指摘し、以下のベイズ則による表現式を提示している。
  Pr[It|有症状] = Pr[有症状|It]Pr[It]/Pr[有症状] = (1-πa)Pr[It]/Pr[有症状]
ここでπaは無症状率(検知されない感染率)である。 
また上式の分母は
  Pr[有症状] = Pr[有症状|It]Pr[It] + Pr[有症状|St]Pr[St] + Pr[有症状|Rt]Pr[Rt]
       = (1-πa)Pr[It] + s0(Pr[St]+Pr[Rt])
として表される。ここでs0は感受性保持者Stと免疫保持者Rtの有症状(通常の風邪やアレルギー)の基礎率である。
ストックは、検査の陽性率の時系列データを使ってこのモデルを推計することは可能だろうが、それはしない、として、代わりにπaの重要性を示すシミュレーションを行っている。具体的には、隔離政策によって感染率β(ないしR0=β/γ)の経路をコントロールしたとしても、πaの値によって結果が違ってくることを示している。

同じマンキューブログエントリでリンクしているUCLAのAtkesonは、「What Will Be the Economic Impact of COVID-19 in the US? Rough Estimates of Disease Scenarios」という論文を公開している(NBERでも読める)。Atkesonもストックと同様にR0の経路によって経済コストが変わってくることをSIRモデルで示している。ただ、Atkesonのシミュレーションで一つ面白いのは、R0を最初思い切って抑えて、その後緩めたケースを示したことである。その場合、累積感染者数は遅れて増大するので、現在厳しい社会的隔離策を取って抑制に成功した国も、油断は禁物、ということになる。

ストックもAtkesonも具体的な経済コストの試算は行わなかったが、Martin S. Eichenbaum(ノースウエスタン大)、Sergio Rebelo(同)、Mathias Trabandt(ベルリン自由大)のNBER論文「The Macroeconomics of Epidemics」はSIRモデルと経済モデルをリンクすることによってそうした試算を行っている(論文自体も読める)。具体的には、感染リスクが消費行動に反映されるSIRマクロモデルを提示し、そうしたマクロモデルの組み込みによって感染が抑えられる代わりに景気後退が深くなることを示している。また、医療崩壊や、有効な治療法やワクチンの開発確率も加えたモデルも示し、それぞれについて最適抑制政策の効果も試算している。