20年後のIt’s Baaack・その4

昨日まで紹介してきたクルーグマンの小論では、世界の中銀でインフレ目標が2%に設定された理由として以下の2つを挙げている。

  • ニュージーランド中銀が2%に設定した
    • 最初に明示的なインフレ目標を導入した中銀であったため、経済のウエイトや人口(羊を含めても)に比べて過大な影響を世界に与えた。
  • 妥協点として良いように思われた
    • 「物価の安定」はゼロインフレを意味する、と信じた者も、技術進歩の測定できない恩恵を考慮すれば2%は実質ゼロだろう、ということで2%を受け入れた。
    • 金利がゼロ下限に到達することを恐れた者は、2%のインフレはその懸念を概ね解消する水準だと考えた。また、名目賃金の下方硬直性に伴う問題の大部分も、2%のインフレで解消されると考えた。
      • しかし大不況における欧米の経験はその考えが間違っていることを示した。

その上で以下のように書いている。

Given the way experience has undermined much of the original case for a 2 percent inflation target, and given the severity of the economic crisis, you might therefore have expected some revision – a rise in the inflation target, or a shift to some other kind of targeting – price level or nominal GDP targeting. But that hasn’t happened. Even though a 2 percent inflation target is an essentially arbitrary number, it has become a focal point, a sort of token of respectability that almost no central bankers are willing to meddle with. (In this sense it resembles the role once played by the gold standard.)
This is quite remarkable.
(拙訳)
インフレ目標を2%とする当初の理由が実際の経験によってあのように損なわれたこと、および、経済危機の深刻さを考えると、何らかの見直し――インフレ目標の引き上げや、物価水準目標や名目GDP目標といった別の種類の目標への変更など――がなされるだろう、と期待するところである。しかし、そうはならなかった。2%のインフレ目標というのは基本的に恣意的な数字であるにも拘らず、それはフォーカルポイントとなり、どの中銀もまず口を出そうとはしない尊重すべき一種の象徴となった(その点でかつて金本位制が果たした役割に似ている)。
これはかなり驚くべきことである。

これに続くのが24日エントリの引用部である。ただ、その引用部で述べたようにクロダノミクスが1998年の論文の見解を裏付けた、と宣言するには一つの問題がある、とクルーグマンは言う。それが、流動性の罠が例外的な事態ではなく常態になってしまう長期停滞である。これは1998年のモデルでは想定していなかった、とクルーグマンは認め、以下のように書いている。

But if a negative natural interest rate is the new normal, how can the central bank gain traction? The answer seems to be that it must create a self-fulfilling prophecy of higher inflation: it must convince the market that it will achieve inflation; this higher expected inflation reduces real interest rates; and lower real interest rates create an economic boom that generates the expected inflation.
This is obviously even harder than convincing the market that there has been a monetary regime change. And it also raises the prospect of what I’ve called the timidity trap: if the inflation target is set too low, it won’t generate the required economic boom even if markets believe the central bank will hit it. I find this especially worrisome for Japan, where demographic factors – a rapidly shrinking working-age population – suggest that the conventional 2 percent target might well be too low to achieve economic escape velocity.
(拙訳)
しかし負の自然利子率が新常態ならば、中銀がどのようにして牽引力を獲得できるであろうか? その答えは、中銀は、より高いインフレという自己実現的な予言を作り出さねばならない、ということであるように思われる。市場に中銀はインフレを達成すると確信させ、その予想インフレの上昇によって実質金利が下がり、実質金利の低下が好況をもたらして予想されたインフレを実現する、というわけだ。
これは明らかに、金融レジームの変化があったと市場に確信させるよりも一層難しい。またそれは、私が臆病の罠と呼んだもの*1が生じる可能性を惹起する。もしインフレ目標の設定が低過ぎれば、中銀がそれを達成すると市場が信じた場合でも、必要とされる好況は生じない。私は特に日本についてこれが心配すべきことだと考えている。日本の人口動態要因、即ち急速に縮小している労働年齢人口は、従来の2%目標では経済の脱出速度を達成するには低過ぎるかもしれない、ということを示唆している*2

この後にクルーグマンは、「とはいえ、暗いトーンで締め括りたくはない(But let me not end on a down note)」として、25日エントリで紹介した結びの文章につなげている。

*1:cf. ここ

*2:cf. 日本の人口動態と負の自然利子率の可能性に関する議論についてはここ参照。