マイケル・フィッシュ経済学

BOEのチーフエコノミストのアンドリュー・ホールデン(Andrew Haldane)が、経済学の危機の予測の失敗を、英国の1987年の気象予報の失敗に例えた

In a speech at the Institute for Government in London yesterday, Haldane compared economists’ failure to predict the 2008 financial crisis to former BBC weather presenter Michael Fish’s inaccurate forecast before a storm hit the UK in 1987.
According to a BBC report, Haldane said the “rather narrow and rather fragile” economic models were fine while the economy was good but they had not coped when things were “tipped upside down” by the 2008 financial crash.
He said: “Could we find a way out of the trap? Of course we could. Let’s go back to a different crisis, which is the crisis, not in economic forecasting but in weather forecasting, that resulted from the 1987 storm.
“Remember that? Michael Fish getting up: ‘There’s no hurricane coming but it will be very windy in Spain.’ Very similar to the sort of reports central banks – naming no names – issued pre-crisis, ‘There is no hurricane coming but it might be very windy in the sub-prime sector’.”
Haldane pointed to how weather forecasting had changed following Fish’s 1987 forecast including the increased use of data that has transformed weather reporting.
He said: “And some of the self-same could be true if we move from weather forecasting to economic.”
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The BBC reports that when asked if there was an “economic hurricane” forecast after the Brexit vote, Haldane said: “It’s true, again, fair cop. We had foreseen a sharper slowdown in the economy than has happened, in common with almost every other mainstream macro-forecaster.”
(拙訳)
昨日*1のロンドンのインスティテュート・フォー・ガバメント*2での講演でホールデンは、経済学者が2008年の金融危機の予測に失敗したことを、1987年に英国を嵐が襲う前に当時のBBC気象予報士マイケル・フィッシュが行った不正確な予報に例えた。
BBCの報道によると、ホールデンは、「かなり範囲が狭くかなり脆弱な」経済モデルは景気が良い時には上手く機能するが、2008年の金融危機によって事態が「引っ繰り返った」時には上手く対応できなかった、と述べた。
彼は「そうした落とし穴から抜け出す方法を我々は見つけられるだろうか? もちろん見つけられる。別の危機を振り返ってみよう。それは経済予測の危機ではなく、気象予報の危機で、1987年の嵐により生じたものだった」と述べた。
「覚えているだろうか? マイケル・フィッシュは『ハリケーンは来ませんが、スペインでは風が非常に強くなるでしょう』と言い放ったのだ。名前は控えるが幾つかの中銀が危機前に出した報告書で『ハリケーンは来ませんが、サブプライム部門では風が非常に強くなるかもしれません』というようなことを書いたのと非常によく似ている。」
ホールデンは、フィッシュの1987年の予報の後に、如何に気象予報が変わったかを指摘した。例えばデータをもっと使うようになったことで気象予報は大きく変化した。
彼は「気象予報から経済学に話を移しても、まったく同じことが言えるだろう」と述べた。
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BBC記事によると、ブレグジット投票の後も「経済的ハリケーン」があったのではないか、と尋ねられた時、ホールデンは「確かにそれは再度の失敗だ。我々は、他のほぼすべての主要なマクロ経済予測者と同様に、実際よりも急激な景気の鈍化を予測した」と述べた。


このホールデンの発言に対し、BOEIMFの元関係者が反発した。
金融政策委員会で以前ホールデンと同席していたというインペリアル・カレッジ・ビジネス・スクールのデビッド・マイルズ(David Miles)は、FTに反論を寄せ、危機の予見のような短期的な予測はそもそも経済学の範疇外であり、かつ、過大なレバレッジの危険性と市場の失敗については経済学がかねてから論じてきたこと、と指摘した。また、ブレグジット後の英経済の強さをBOEが過小評価していたことについてマイルズは、大した話ではない(non-event)、と一蹴した*3
IMF職員のピーター・ドイル(Peter Doyle)は、FT Alphavilleのゲストエントリで、マイケル・フィッシュの比喩はそもそも自分が用いたものだが、それは経済学全般ではなくBOEの失敗を指していた、と指摘した。ドイルによれば、1987年の嵐の時にも他の気象予報士イングランド南部へのハリケーンの襲来を予測していたが、フィッシュが耳を傾けなかったのだという。従ってこれはBBCの失敗であり、気象学全体の失敗ではない、とドイルは主張する。同様に、金融危機の危険性についてもブルックスリー・ボーンやラグラム・ラジャンは正しく予見していたのに、BOEの金融安定部(Financial Stability department)内のシステミックリスク評価課(Systemic Risk Assessment Division)――2005年以降はホールデン自身が責任者を務めていた――が、そうした予見に用いられた経済技法の使用や検討を拒否したではないか、と当時のBOEならびにホールデンにドイルは矛先を向けている*4。さらにドイルは、ブレグジット時のBOEの予測誤りを過度に政治化したカーニー総裁の責任に帰し、ホールデンBOEの失敗を経済学の失敗という大風呂敷で隠そうとしている上に、政治化し過ぎた総裁という問題も併せて糊塗しようとしている、と厳しく指弾している。


サイモン・レンールイスがこの論争を取り上げ、マイルズやドイルの批判に概ね同調している。そして、マイルズが言及しなかった点として、確かに危機前の経済学者はモデルで金融部門を所与のものとするという過ちを犯し、同部門と実体経済の相互作用をモデルに取り入れる動きは危機後に活発化したが、それが完了するまで経済学の危機が続くなどと言うのは馬鹿げている、と述べた。また、ケインズモデルやニューケインジアンモデルでは危機をきちんと取り扱っており、クルーグマンが言うように、基本的なテストという稀な機会においてマクロ経済学はそのテストにパスしたのだ、とも述べている。
クリス・ディローホールデンに批判的だが、危機を予測する指標が無いわけではなく、また、経済学者がどの状況で正しいモデルを使うかが科学的に確立しているわけではない(ロドリックの言葉を借りれば未だ経済学の技能(art of economics)の分野に属している)、という点でマイルズにも賛成しない、という姿勢を見せている。その上でディローは、経済学者を攻撃することは、危機は実際には銀行が引き起こしたという真実から目を逸らさせてしまうことになるのでは、という懸念を示している。

*1:このmoney marketing記事の日付は1/6。

*2:cf. Institute for Government - Wikipedia

*3:後述のサイモン・レンールイスは、マイルズの意味するところを、マクロ予測ではこの種の誤りは良くあることである、というように解説している。

*4:ちなみに現在のBOEならびにホールデンについても、危機後に設けられた規制監督をまた緩めようとしている、とドイルは批判している。