ブルナーメイヤー=サニコフの貨幣理論

プリンストン大のマーカス・ブルナーメイヤー(Markus K. Brunnermeier)とユリ・サニコフ(Yuliy Sannikov)のコンビ*1が「The I Theory of Money」なるNBER論文を上げているungated版)。
以下はその要旨。

A theory of money needs a proper place for financial intermediaries. Intermediaries diversify risks and create inside money. In downturns, micro-prudent intermediaries shrink their lending activity, fire-sell assets and supply less inside money, exactly when money demand rises. The resulting Fisher disinflation hurts intermediaries and other borrowers. Shocks are amplified, volatility spikes and risk premia rise. Monetary policy is redistributive. Accommodative monetary policy that boosts assets held by balance sheet-impaired sectors, recapitalizes them and mitigates the adverse liquidity and disinflationary spirals. Since monetary policy cannot provide insurance and control risk-taking separately, adding macroprudential policy that limits leverage attains higher welfare.
(拙訳)
貨幣理論は金融仲介機関の適切な位置付けを必要とする。金融仲介機関はリスクを分散化し、内部貨幣を創造する。景気後退期には、ミクロ的に慎重な仲介機関は貸出活動を縮小し、資産を安く売って内部貨幣の供給を減らすが、それはまさに貨幣需要が高まる時期である。その結果生じるフィッシャー的なデフレーションは仲介機関および他の借り手を傷付ける。ショックは増幅され、ボラティリティは急上昇し、リスクプレミアムは高まる。金融政策は再分配的な役割を果たす。バランスシートが傷付いた部門の保有する資産の価格を押し上げる緩和的な金融政策は、それらの部門の資本を強化し、非流動的かつディスインフレ的な悪循環を和らげる。金融政策は保険の提供とリスクテイキングの制御を別々に行うことはできないため、レバレッジを制限するマクロプルーデンシャル政策を追加すれば、より高い厚生を達成することができる。


ungated版の導入部では、この理論は物価の安定と金融の安定の相互作用を分析する枠組みを提供し、それによって金融政策とマクロプルーデンシャル政策を考える統一的な方法を提供する、と説明されている。
ニューケインジアン理論との関連については、ニューケインジアンでは金利経路を強調し、貨幣の計算単位としての役割に重きを置き、物価と賃金の硬直性を主な摩擦としているが、この理論では貨幣の価値の貯蔵手段としての役割に重きを置き、主な摩擦は金融で、物価は完全に伸縮的である、と両者の違いを説明している。この理論における金利の変更は、その代替効果ではなく、デットオーバーハングの緩和といった資産/所得効果が強調されるという。
また、トービン(1982)*2などでは消費性向が低い家計から高い家計への富の再分配を行う総需要管理としての金融政策の役割が強調されていたが、この理論では消費性向は皆同じであり、金融政策による再配分はバランスシートが傷付いた部門に対し行われ、内生的なリスクならびにリスクプレミアムに影響する、とのことである。さらに、最適な金融政策はフリードマンルールから外れる、とも述べている。
内部貨幣と外部貨幣については、両者のリスク=リターンのプロファイルは同一であり、従って個々の投資家にとっては完全な代替となるが、経済全体にとってはそうではない、と説明している。というのは、内部貨幣は、金融仲介機関によるその創造によってリスクを分散化し、経済成長を促進する、という特別な役割を担っているからである。ここで強調されるのが貨幣の価値貯蔵手段としての役割――Stephen Williamsonなどのニューマネタリストの経済学で強調される価値の取引の媒介としての役割ではなく――だという。

*1:cf. ここここ

*2:

Asset Accumulation and Economic Activity: Reflections on Contemporary Macroeconomic Theory

Asset Accumulation and Economic Activity: Reflections on Contemporary Macroeconomic Theory