経済理論はどこまで正しいか?

恒常所得仮説の誤りを取り上げたノアピニオン氏のブルームバーグ論説にクリス・ディローが以下のように反応した

We should ask of economic theories not: “are they true?” but rather “how true are they?” I was reminded of this by Noah Smith’s piece pointing out that Friedman’s permanent income hypothesis is wrong – a fact which matters a lot because, as Noah says, the PIH implies that fiscal policy is ineffective.
Noah’s right. But he overstates the newness of the evidence against the PIH. In fact, we’ve known it was flawed (pdf) ever since the early 80s. He also overstates the PIH’s intellectual hegemony. ...
However, Noah is absolutely right to insist that the PIH is “not completely wrong, mind you, just somewhat wrong.” There’s a big germ of truth in the PIH – that consumer spending is in part forward-looking.
Not only is this true, it is useful. As Lettau and Ludvigson (pdf) and Bank of England (pdf) research has shown, it implies that consumer spending can predict equity returns: when spending is low relative to wealth, it portends low subsequent returns.
In this sense, the question: “is the PIH true?” depends upon the context in which we are asking. As a guide to the effectiveness of fiscal policy, we should act as if it is wrong. But as a potential warning of bad times, it might well contain some truth.
(拙訳)
我々は経済理論について「正しいか?」ではなく「どの程度正しいか?」を問うべきである。フリードマン恒常所得仮説が誤っていることを指摘したノア・スミスの論説を読んで、私はそのことを思い出した。恒常所得仮説が誤っているという事実は非常に重要である。というのは、ノアが言うように、恒常所得仮説は財政政策が無効であることを含意しているからである。
ノアは正しい。しかし彼は、恒常所得仮説に反する実証結果の新しさを誇張している。実際のところ、同仮説が誤っていることを我々は80年代初めから知っていた。また彼は、恒常所得仮説の知的覇権も誇張している。・・・
しかしノアが、恒常所得仮説が「完全に間違っているわけではなく、幾分間違っているに過ぎないということは念押ししておく」と強調したことはまったくもって正しい。恒常所得仮説には大いなる真実の種が詰まっている。消費支出は部分的にフォワードルッキングなのだ。
そのことは真実であるばかりでなく、有用でもある。Lettau=Ludvigsonやイングランド銀行の研究が示したように、そのことは、消費支出が株式のリターンを予言できることを意味する。富と比べて支出が相対的に低いことは、その後の低リターンの前兆となる。
その意味で、「恒常所得仮説は正しいか?」という問いは、その問いを投げ掛けている文脈次第ということになる。財政政策の有効性の指針としては、我々は同仮説が間違っているものとして行動すべきである。しかし、不況の到来を告げる一つの警告としては、幾ばくかの真実を含んでいる可能性が高い。


部分的に正しい理論の他の例としてディローは、以下を挙げている。

  • 効率的市場仮説
    • 株式市場は良いニュースにも悪いニュースにも過剰反応するので、サミュエルソンの言葉を借りれば「マクロ的に非効率」。
    • ディフェンシブ銘柄やモメンタム銘柄の良いパフォーマンスを考えると、ミクロ的にもこの仮説は完全に正しいとは言えない。
    • しかし運用手数料の高いアクティブ運用の投信を買うべきか、という問題については、効率的市場仮説が正しいものとして対応すべき。
  • ブレグジット後の弱いポンドは経済を支える
    • 輸出を伸ばすとされているが、これも一面の真実に過ぎない。統計によれば為替相場の変化に輸出はそれほど敏感ではない。
  • 不確実性が設備投資を抑える
    • ブレグジット後の企業サーベイの大半の結果はこの話を裏付けるように思われるが、全部の企業が投資を遅らせるわけではない。Geroski=Greggが指摘したように、景気後退は少数の企業の行動から起こる。
    • 従って、グラクソが大型投資を発表したのは、不確実性が投資に悪影響を与えるという話と矛盾するわけではない。

ディローは、実証研究の重要性と、モデルの汎用性を過信することの危険性を指摘してエントリを締め括っている。