スティグリッツの政策提言

以前、ブランコ・ミラノヴィッチ経由で、スティグリッツが資本と富の違いから格差拡大を説明しようとしたことを紹介したが、スティグリッツはその考えを、マイク・コンツァルらと共に、自らが主任エコノミストを務めるルーズベルト研究所(Roosevelt Institute)による政策提言という形でまとめているMostly Economics経由の5/27付けVOX記事経由)。
先の紹介エントリでは、

ここでスティグリッツは、以前紹介したポリティコ論説におけるのと同様に、現在の米国型資本主義において「ゲームの規則」が操作されていることを厳しく弾劾している(そうした資本主義を「エセ資本主義(ersatz capitalism)」と呼んでいる)。そして、ゲームの規則を正せば、20世紀半ばの高成長が皆に共有された中流社会への復帰も可能だ、としている。

と書いたが、この提言はまさに「Rewriting the Rules of the American Economy: An Agenda for Growth and Shared Prosperity(米国経済のために規則を書き換える:成長と共有された繁栄のための計画)」と題されている。
ルーズベルト研究所は5月12日にこの提言をぶち上げるイベントを開いたようだがロバート・ソロー*1やサイモン・ジョンソンといった経済学者のほか、エリザベス・ウォーレン上院議員ビル・デブラシオNY市長をスピーカーとして招いている。こちらのWaPo記事は、そのイベントを、民主党内外で様々なポピュリストが経済改革プランを提示している動きの一環と位置付け、共和党の大統領候補を巡る動きやヒラリー・クリントンへの攻撃よりも、こうしたポピュリストの改革計画の台頭の方が政治的に驚くべきこと、と評している。以前紹介したロバート・ライシュのブログ記事では、左右のポピュリストが連携してクリントンに代表されるエスタブリッシュメントに対抗する構図を予言したが、右派のポピュリストを糾合するところまでは行かないものの、その構図に一歩近づいた感がある。


5/27付けVOX記事によると、今回の提言でスティグリッツらは、自分たちの考えをレントないしレントシーキングという言葉で説明している。以前紹介したミラノヴィッチの記事では、スティグリッツの言う富と資本の差をもたらす例として不動産や絵画や贅沢品を挙げていたが、同記事ではビートルズの版権を例に挙げている。

Stiglitz and his co-authors extend the idea to include a wider and more modern array of rents. A patent or a copyright, for example, can be a valuable financial commodity to own, even without being productive in the way a factory or tractor is. To see the distinction, imagine you have $300 million and can either invest it in a startup or use it to buy the rights to the Beatles' songs. In the former case, you're providing money that a company can then use to hire people, produce goods, and generally create wealth in the world.
In the latter, you're producing nothing; you're just grabbing something that someone else produced and claiming the proceeds from it.
"Rent-seeking," as economists call it, is generally viewed as economically counterproductive. It's especially counterproductive when it becomes so lucrative as to provide a more attractive outlet for people's money than real investments.
(拙訳)
スティグリッツとその共著者たちはレントの概念を拡張し、より広範かつ現代的な一連のレントを含むようにした。例えば特許や著作権は、工場やトラクターのように生産的にはならない場合でも、所有価値の高い金融商品となり得る。その違いを確認するため、3億ドルがあなたの手元にあるとして、スタートアップ会社に投資するか、ビートルズの曲の権利を買うか選べるものとしよう。前者の場合は、あなたが供給した資金を用いて企業は人々を雇用し、商品を生産し、一般に世界に富を創出することができる。
後者の場合は、あなたは何も生み出さない。あなたは単に誰か別の人が生み出したものを掴み取り、その収益を我が物にしているに過ぎない。
経済学者のいう「レントシーキング」は、一般には経済的に非生産的なものと見做されている。それが実物への投資よりも人々のお金を惹き付けるほど利益をもたらすようなものを提供するようになった場合は、とりわけ非生産的なものとなる。


スティグリッツらによれば、ウォール街ではまさにそうしたことが起きているという。

"Too big to fail" status, for example, can count as a rent. It increases the value of firms like Goldman Sachs or JPMorgan Chase not by making them more productive, but by providing an implicit government subsidy. Trading mortgage-backed securities for profit, similarly, does little to actually increase wealth but a lot to redirect it. That makes it attractive as a business activity for banks and hedge funds, redirecting their energies from profitable activities that create wealth.
(拙訳)
例えば「潰すには大き過ぎる」ステータスは、一種のレントであると考えられる。それは、ゴールドマンサックスやJPモルガンチェースといった企業の価値を、より生産的にすることによってではなく、暗黙の政府補助金を提供することによって高める。同様に、利益のために不動産担保証券を取引することは、実際に富を増やすことはまずないが、その配分を大きく変える。それによって銀行やヘッジファンドにとって魅力的なビジネス活動となり、富をもたらす営利活動からそのエネルギーを振り替えることになる。


さらにスティグリッツらは、知的所有権にも矛先を向ける。

Protections for intellectual property also make rent-seeking more attractive, often at the expense of the public interest.
There's little empirical evidence, Stiglitz et al. argue, that intellectual property is a significant incentive for innovators. Plenty of major technological advances with enormous economic implications — from Alan Turing's outlining of the "Turing machine" model of computation to the discovery of the structure of DNA to Tim Berners-Lee's creation of the World Wide Web — were never patented or otherwise protected by the intellectual property regime. But IP rules do serve to increase the cost of goods like prescription drugs and create a barrier to entry for firms trying to compete against companies with large IP holdings.
(拙訳)
知的所有権の保護もまた、レントシーキングをより魅力的なものとするが、それにはしばしば公益の代償が伴う。
知的所有権がイノベーターにとって重要なインセンティブとなっている実証的証拠はほとんど無い、とスティグリッツらは論じる。アラン・チューリングの「チューリングマシン」計算モデルの概念設計からDNA構造の発見からティム・バーナーズ=リーワールドワイドウェブの創造に至るまで、経済的に大きな意味を持つ多くの重要な技術の発展は、特許を受けることも、知的財産制度で保護されることも無かった。その反面、知的財産のルールは確実に処方薬などの商品のコストを上昇させ、知的所有権を数多く持つ企業と競合しようとする企業の参入障壁を築く。


では、そうしたレントシーキングの問題に対処するスティグリッツらの政策提言はいかなるものか? その答えは些か平凡で、富裕層への増税ウォール街への規制強化など、民主党左派のお馴染みの提言だという。また、育児への補助金、囚人数の削減、移民改革、すべての人へのメディケアなど、直接にはレントシーキングに関係しないものも提言には含まれているとの由。
銀行のレントシーキングを削減する最も驚きべき提言として記事が挙げているのは、民間の銀行による住宅融資を政府やファニーメイ/フレディーマックなどの準政府機関がバックアップするこれまでのやり方に代えて、連邦政府が直接家計に融資する制度を導入することである。それによって、レントシ−キングの大きな機会となっていた銀行の住宅金融への関与を縮小することが狙いだという。このように政府の恒常的かつ積極的な介入を支持し、「成長支持」と「市場支持」が同義語になっていたこれまでの既成概念――ヒラリー・クリントンもビルやオバマと同様にその考えに基本的に与していると記事では見立てている――に挑戦したことが、今回の提言の大きな意義である、と説明してVOX記事は結んでいる。

*1:ここで紹介したように格差拡大についてスティグリッツとは別の解釈を提示した。