民族多様性は公共財の提供を妨げない

という主旨の論文をUDADISIが紹介している。論文のタイトルは「Collective Action in Diverse Sierra Leone Communities」で、著者はMITのアブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困アクション研究所(J-PAL)のRachel Glennerster、カリフォルニア大学バークレー校およびNBERのEdward Miguel、ランド研究所のAlexander Rothenberg。

以下はその要旨。

Scholars have identified ethnic divisions as a leading cause of underdevelopment, due partially to their adverse effects on public goods. We investigate this issue in post-war Sierra Leone, one of the world's poorest and most ethnically diverse countries. To address concerns over endogenous local ethnic composition, we use an instrumental variables strategy using earlier census data on ethnicity and include several historical and geographic covariates. Perhaps surprisingly, we find that local diversity is not associated with worse public goods provision across multiple outcomes and specifications, with precisely estimated zeros. We investigate the role of historical factors in generating the findings.
(拙訳)
研究者たちは、民族ごとの分断を開発が進まない主な要因として挙げてきた。理由の一つは、公共財への負の影響である。我々はこの問題を、世界で最も貧しく最も民族が多様な国の一つである戦後のシエラレオネについて調べた。地域の民族構成の内生性という懸念を避けるため、我々は、民族に関する以前のセンサスデータを利用した操作変数法を用い、幾つかの歴史的および地理的な共変量を分析に含めた。おそらくは驚くべきことに、様々な推定結果や推定方法において、地域内の民族多様性は公共財の提供の劣化に結び付くことは無く、その影響は正確にゼロであることが見い出された。我々はこの結果がもたらされるに当たって歴史的要因が果たした役割について調べた。


WPの結論部を読むと、概ね以下のようなことが述べられている。

  • シエラレオネの内戦は、部族同士の憎悪により国が引き裂かれた、というステレオタイプには当てはまらない。戦争は民族(や宗教)の境で国を分断したわけではなかった。
  • 民族の異なるもの同士が、均質な共同体と統計的に区別不可能な水準で、道路のメンテナンス、地域労働、自助組織、犯罪の管理、学校インフラ、といった共同作業を行い、相互信頼を保った。
  • 一方で、戦争に伴う移住のデータを調べると、同じ民族のいる地域を移住先として選好することが分かった。従って、民族意識を克服した社会というわけではない。それにも関わらず民族間の協調が保たれたことには、クリオ語という共通言語(ただしシエラレオネの二大民族のメンデとテムネのいずれにおいても第一言語ではない)や、メンデとテムネがかつてクリオ語を話す入植者という共通の敵と共闘したという歴史的要因が寄与している可能性がある。
  • 部族の指導者が協調を強制した、という可能性も考えられるが、分析ではそれを支持する結果が得られなかった。
  • 民族多様性が地域の共同作業を妨げないケースは他にもアフリカで幾つか見い出されている。しかしシエラレオネのケースは、それらのケースと重要な点において異なっている:
    • タンザニアと同様、シエラレオネも共通言語で束ねられているが、地域や国家の制度は大きく異なる。シエラレオネの高い水準の民族間の協調は、タンザニアとは対照的に、部族の指導者の権威を廃し選挙に基づく地方自治体で置き換えた「近代化」によって成し遂げられたわけではない。
    • ザンビアと異なり、シエラレオネの民族間の協調は、国家政治のレベルで民族同士が争っている間も維持された。
  • アフリカのような多様な大陸で、民族間の協調に関する一般的な結論を引き出すのは困難であり、かつ、おそらくは賢明なことではない。とは言え、シエラレオネの事例は、希望の光を投げ掛けてくれる。
  • ただ、戦後のシエラレオネの行方は予断を許さない。民主化の過程で行われた選挙は、民族間の緊張を激化させ、この論文で報告した協調関係を損なったかもしれない。あるいは、楽観的な見方をすれば、そうした協調関係は民族意識を煽る政治家の扇動への防波堤の役割を果たし続けるかもしれない。