金融危機対処の三本の矢

引き続きTNRガイトナーインタビューから、今度はフェリックス・サーモンが槍玉に挙げた箇所を紹介してみる。

LA: So you spent thirty years working on economic statecraft both internationally and domestically. You’ve been involved in just about every major financial crisis of this era, starting with Japan, the Asian crisis, Mexico, 2008, now the euro crisis. Each one seems to be worse than the other. What lessons have you learned from dealing with all these crises? You alluded earlier to the idea of taking political costs upfront. Can you amplify on that?

TG: Well, they’re all different in their contours and causes. But they usually have this common feature, which is a huge increase in leverage in the financial system. When the shock hits or the tide turns, as people bring their borrowings down, it puts enormous pressure on the economy as a whole. These things tend to reinforce each other, amplify each other. The financial deleveraging feeds on the economic weakness, the economic weakness forces more financial deleveraging, and you have this vicious spiral.

And I think what we have all learned from history, mostly from mistakes that we and others have made is that confronted with that, you need to apply a lot of force, with a lot of speed across the full spectrum of the policy tools we have. Which means monetary policy has to be very aggressive. You need to make sure that fiscal policies are very supportive of growth so you’re compensating for the huge collapse in private sector demand. And you need to be incredibly aggressive in making sure that you recapitalize the financial system. If you do those things incrementally, where you do one but not all three, then you’ll be left with much more damage. You have to do all of them. None of them is effective individually.
(拙訳)

インタビュアー
あなたは経済関係の国際的および国内的な公職で30年を過ごされました。あなたはこの間の主要な金融危機ほぼすべてに関わっていました――日本にはじまり、アジア危機、メキシコ、2008年、そして今回のユーロ危機です。それぞれの危機が前回よりひどくなっているように見えます。これらの危機に対処した経験からあなたが学んだことは何でしょうか? 先ほど、政治的なコストを前線で引き受けるという考え方についてのお話がありました。その点をもう少し詳しく解説頂けませんか?
ガイトナー
それぞれの危機は経過も原因も違います。しかし概ね共通した特徴があって、それは金融システムにおけるレバレッジの大幅な増大です。ショックが訪れる、もしくは景気の風向きが変わると、人々は借り入れを減らそうとし、それによって経済全体に非常な圧力が掛かります。こうした出来事はお互いを助長し、増幅させます。金融のデレバレッジは景気をさらに弱くし、景気の弱さが金融のデレバレッジをさらに促し、悪循環が生じる、というわけです。
我々が歴史から学んだこと、それも主に我々自身や他者の犯した間違いから学んだことは、手持ちの政策ツールを総動員して全力かつ全速力で事に対処しなければならない、ということです*1。金融政策は非常に積極的に行わねばなりません。民間部門需要の大きな落ち込みを埋め合わせるために、財政政策は成長を確実に大きく下支えするものとしなければなりません。金融システムの確実な資本強化のために信じられないほど積極的にならねばなりません。そうしたことを段階的に進め、3つ同時ではなく一度に1つしか実施しないとなると、ダメージはかなり大きくなります。それらすべてをやらなくてはならないのです。いずれも個別にやったのでは効果を発揮しません。


サーモンがガイトナーのこの言葉を槍玉に挙げた理由は、NY連銀総裁時代の彼の2つの「失敗」――サーモンによれば、グリーンスパンのバブル的政策を受け入れたことと、銀行の行き過ぎを監督当局として規制できなかったこと――への謝罪としては実に不十分だ、ということもさることながら、IMF時代のアジア危機において彼が策定したインドネシアへの対処策と矛盾している、という点にある。それについてサーモンは、オーストラリアの金融ジャーナリストであるピーター・ハーチャー(Peter Hartcher*2)の2009年の記事を根拠として持ち出している。同記事ではポール・キーティング元豪首相のガイトナー批判が紹介されているが、そこでキーティングは「ティム・ガイトナーは1997-98年にインドネシアIMF計画を策定した財務省系官僚だったが、その計画は資本収支危機に対して経常収支危機への解決策を適用するものだった」と述べている。サーモンは、その解決策はまさに今回のインタビューでガイトナーが述べた危機対応策と正反対ではないか、と揶揄している。
その上でサーモンは、ガイトナーが今度出す予定の回想録では是非このインドネシアのことも取り上げて欲しい、とか、彼は常に権力を体現する存在で、シーラ・ベアやニール・バロフスキー*3のような反骨精神はついぞ無かった、退任後に外交問題評議会に再就職したのもその表れだ、などとガイトナーにネチネチと絡んでいる。


ただ、本ブログでも何回か紹介してきたように、2000年代初めのグリーンスパンの政策、および、アジア危機などの国際的な金融危機への対応については、著名な経済学者の間でも必ずしも意見が一致しているわけではない*4。従って、このサーモンの攻撃も少し一方的かな、という気がしないでもない。

*1:この言葉は、彼の「メンター」であるサマーズの、政策は過剰反応気味に実施する必要がある、という持説と呼応しているように思われる。

*2:著書の邦訳本には、日本の大蔵省を槍玉に挙げた「聖域の終わり―大蔵省の大罪」のほか、グリーンスパンを槍玉に挙げた「検証グリーンスパン神話―バブルに消えた7兆ドルと負の遺産」がある。

*3:cf. Wikipedia

*4:例えば前者についてはここ、後者についてはここやそこにTBした各エントリを参照。