国債バブルと貨幣バブル

24日エントリに対し、「信用を失う国債を抱えることでインフレーションが起きたとしても、それは好景気を意味しない」というはてぶコメントを頂いた。しかし、そこで見落とされているのは、そもそもインフレーションというものが、いかなる形であれ、貨幣という中央銀行の債務が「信用を失う」ことに相当する、ということである。中銀と政府を一体として考えるならば、貨幣が信用を失うことも国債が信用を失うことも一体政府の債務の信用が失われる点で差はなく、「信用を失う国債を抱えることでインフレーションが起きる」という表現は、単なるトートロジーに過ぎなくなる。あるいは、クラウゼヴィッツの言葉を借用して表現するならば、「国債の信用の喪失とは、他の手段をもってする貨幣の信用の喪失の延長(もしくはその逆)」なのである*1


裏を返せば、国債への過剰な信用の結果生じる国債バブルは貨幣バブルの延長(もしくはその逆)、ということになる。その点を指摘したのがNick Roweこのブログエントリで、そこで彼は以下のように書いている。

A bubble in house prices is a bad thing. It will cause over-investment in building new houses, under-investment in other things, and under-consumption. A bubble in bond prices is a much worse thing. It will cause under-investment in everything, and under-consumption in everything, because it causes under-employment of everything. That's because bonds and money are close substitutes. A bubble in bonds causes a bubble in money. And a bubble in money can cause a bubble in bonds. Or perhaps they are just different aspects of the same bubble, in both money and bonds.
It's not the bubble in bonds per se that is the big problem. If there were only a bubble in bonds, and no bubble in money, it would be no worse than a bubble in houses. It might lead to the wrong mix of real investment and consumption (presumably too little real investment and too much consumption, due to a wealth effect). It's when a bubble in bonds spills over into a bubble in money, the medium of exchange, that we get a big problem. An excess demand for the medium of exchange is what causes, and is the only thing that can cause, a general glut of all goods. And that causes employment and output to fall, and both consumption and investment to fall.
That's why we should be worried about the bond bubble.
(拙訳)
住宅価格のバブルは良くないことである。それは住宅の新築への過剰投資をもたらすと共に、他の案件の過小投資、および過小消費をもたらす。国債価格のバブルはもっと悪いことである。それはすべての案件の過小投資とすべての商品の過小消費をもたらす。というのは、すべてについて過小雇用をもたらすからである。そうなるのは、国債と貨幣が近しい代替物だからである。国債バブルは貨幣バブルを引き起こす。そして、貨幣バブルは国債バブルを引き起こす。あるいは、それらは貨幣と国債で共通して起きている同じバブルの相異なる側面に過ぎない、と言えるかもしれない。
国債バブルそのものが大きな問題というわけではない。もし国債でだけバブルが起きていて、貨幣ではバブルが起きていなければ、そのことは住宅バブルより悪いわけではない。それは、実物投資と消費の宜しくない組み合わせにはつながるかもしれない(おそらくは資産効果によって実物投資が過小となって消費が過剰となる)。大きな問題が生じるのは、国債のバブルが、交換の媒介たる貨幣のバブルに波及した時である。すべての財において全般的な過剰供給が起きるのは、交換の媒介への需要超過が原因であり、かつ、それが唯一の原因である。それは雇用と産出の低下をもたらし、消費と投資の減少をもたらす。
それが我々が国債バブルを懸念すべき理由だ。


これは2年以上前のエントリだが、Rowe今月16日のエントリでも改めてこのエントリにリンクし、付け加えることは何も無い、と書いている。


ちなみにその1週間前の11/9エントリRoweは、国債自警団の攻撃は良いこと、と書いたクルーグマン*2に反応し、小規模な攻撃ならば良いが、大規模な攻撃となると巨額の債務を抱えている日本や米国には厳しいかも、と書いている。そして、彼らが挙兵する前に、名目GDP目標の導入といった手段で先手を打つべし、と主張している。


その点について11/16エントリでRoweは以下のように書いている。

Scott says "...it’s almost impossible to imagine a shock that would be expected to promote both a higher risk premium and a faster recovery.". I disagree. I find it very easy to imagine a shock that would promote both a higher risk premium on US government bonds and a faster recovery: the shock would be for the Fed to do something like what Scott wants it to do -- target NGDP. With currently tight monetary policy, US government bonds (and money) look safe relative to other assets. With a looser monetary policy, other assets would look less risky relative to US government bonds (and money).
(拙訳)
スコット(サムナー)は、「リスクプレミアムを高めると同時に経済の回復を早めるショックなどまず想像できない」と言う。僕はそうは思わない。米国債のリスクプレミアムを高めると同時に経済の回復を早めるショックは容易に想像できる。そのショックとは、スコットがFRBにさせたがっていることが実行に移されることだ。つまり、名目GDP目標の導入だ。現在の引き締め気味の金融政策では、米国債(と貨幣)は他の資産に比べて相対的に安全に見える。緩和的な金融政策を採れば、他の資産は米国債(と貨幣)と比べて相対的にそれほどリスクが高く見えなくなる。


このエントリのコメント欄にはサムナーが降臨し、以下のように書いている。

Nick, Yes, I confused "risk premium" with "default risk." I suppose my (lame) excuse is that lots of people out in the real world who worry about the national debt were also thinking in terms of default risk. But you are right.
(拙訳)
ニック、そうだ、私は「リスクプレミアム」と「デフォルトリスク」を混同していた。(下手な)言い訳をするならば、国の債務について心配している実社会の人の多くもまたデフォルトリスクが念頭にあるのだと思う。しかし、貴君が正しい。

冒頭に引用した小生の24日エントリへのコメントにも、おそらくこのサムナーの指摘が当てはまるのだろう*3

*1:ただし、両者のスパイラル的な相互作用で信用喪失に歯止めが効かなくなり、ハイパーインフレになる、と心配する人もあるかもしれない。その点のブレーキ役の候補として小生が24日エントリで提案したのが、中銀の独立性とは別の手段による財政規律の確保であった。

*2:その後続エントリこちらで邦訳されている。

*3:ただ、その直前のコメントでベックワースが指摘しているように、リスクプレミアムの低下は金利の上昇を意味する。それが国債を多く抱える日本の銀行に取って大きなリスクとなっているのは周知の通りであり、その軟着陸は確かに難題ではある。