安全第二

安全資産の不足こそが今日の大不況における根幹的な問題だ、という主張は本ブログでこれまで何度か紹介してきたが(最も直近ではここ)、クルーグマンがそうした主張に疑問を呈し、それに反論したデロングとの間で軽い論争になった*1

クルーグマンの論理は概ね以下の通り。

  • 安全資産不足論の主唱者は国債の低金利を問題にするが、例えば日本を見てみると、短期金利がずっとゼロだったので、国債金利が15年という長きに亘って低水準に留まっていたにも関わらず、その保有者は利益を上げることができた。別に恐怖の対価として損失を甘受していたわけではない。
  • デロングは反論の中で株式との比較を持ち出しているが、なぜ株式と比較する必要がある? 例えばジャンク債を見ると、2008-2009年は確かに金利が高騰したが、その後は落ち着いている。デロングはバジョットに関する素晴らしい論文を最近書いたが、バジョット的な危機は今や過去の話になっているのではないか。
  • CBO経済予測にテイラールール*2を当てはめて今後の10年の短期金利の推移を弾き出し、それを(デュレーションリスク等を無視して)10年債の金利に換算すると、1.79%という現在の水準とそれほど違わない数字が出てくる。これは安全資産が需要超過になっているという話を支持しない。
  • 安全資産不足理論が完全に間違っているとかイデオロギー的に受け入れ難いというわけではないが、問題としては二次的であり、オッカムの剃刀からすると不要な理論ということになるのではないか。現在の低金利はあくまでも回復見通しの弱さが原因だろう。


ちなみにデロングの反論とは、安全資産の利回りは非常に低いが、株式はそうではない、というものだったが、ロバート・ワルドマンが、いや、株式の利回りも低い、と反論し、以下のような計算を示している*3

  • ここでkはリスクフリーレートrfにリスクプレミアムを加えたものだが、通常は以下の数字が使われる。
    • リスクプレミアム=5%
    • rf=2%
    • g=2.5〜3%
  • 即ちk-gは4〜4.5%となる。
  • しかし現在はrfはゼロに近いので、もしk-gが変わらないとすると、gが0.5〜1%にまで下がっていることになる。それではあまりにクルーグマン流の悲観論に染まり過ぎ、というならば、現在のk-gは2.5%程度ということになる。
  • 実際のデータを見ると、この記事によれば、2011年のS&P500の配当利回りは1.9%だったという。すると、上記の推計でもまだ過大推計ということになる。
  • 仮に今やリスクプレミアムが1〜1.5%程度従前より低まっているのだとすると、k-gは1〜1.5%となる。すると、説明すべきアノマリーが0.4〜0.9%もあるわけだ*5。ちなみに時系列的に見ると、配当利回りは過去に3%〜8%の間で変動している。

*1:ただしクルーグマンはデロングを最初から標的にしたわけではなく、その問題を取り上げたIMFレポートとそれを報じたFTブログ記事を最初のエントリでの批判対象に据えている。

*2:正確には失業率とコアインフレ率の係数を同じにした「マンキュールール」(Andy Harless命名)。クルーグマンは2年前にそれを改めて推計している(そのエントリは今回とほぼ同内容の推計を行い、国債バブルに否定的な見解を示している。また、ここで紹介したように、今年の初めにはそれを当のマンキューを批判するのに援用している)。

*3:なお、このワルドマンのエントリはいつにも増して書き方が雑なので、以下では小生が一部趣旨を推測で補完している。

*4:cf. ここ。なお、ワルドマンは資本コストにrという記号を当てているが、ここではこれまでの本ブログの記法を踏襲し、kに置き換えた。

*5:もちろんこれは反語的に書いている。