193年目のマルクス

ジョン・ランチェスターが、生誕193年目を迎えた(もうすぐ194年目を迎える)マルクスの予言の現状について長文のエッセイをLondon Review of Booksに書いているMostly Economics経由)。


その中でランチェスターは、

  • ブルジョアジープロレタリアートの分離
    • 今やそれは国際レベルで起きており、前者は主に西側諸国、後者は主にアジアに集中している
  • 定期的な経済危機
  • 富の集中
  • 人々がついていくのが困難なほどの変化の早さ

といった面でマルクスの予言は当たった、と評する。だが、その反面、マルクスが予言した集団的な階級闘争は発生しなかった。その理由としてランチェスターは以下の2つを挙げている。

  • 資本主義の多様化
    • たとえば福祉国家の発達はマルクスの資本主義の分析からすると想定外
    • この多様化した資本主義社会では、時には倫理的圧力が効を奏する
      • 例1:2月にフォックスコンの基本賃金が一夜にして25%上昇したが、それは労働争議のためではなく、労働条件に関するNYTのレポート記事のためだった。
      • 例2:メルクのメクチザン(河川盲目症の治療薬)の無料提供
    • 多様化の結果としての利害関係の錯綜
      • 例:労働者が年金を通じて資本家の顔も持つ
  • 生活水準の向上
    • 乳幼児死亡率の低下と平均寿命の上昇が、ヘーゲルの言う「量から質への変化」をもたらした
    • そうした肯定的変化を達成した経済社会システムを、単に人々を窮乏化させるもの、として片付けるのは難しくなった


またランチェスターは、マルクスがもう一つ見落とした点として、資源の有限性を挙げている。現代のマルクス主義者がいくら平等を強調しようとも、実際に世界中の人々が米国人並みに(例えば)水を消費するのは物理的に不可能、というわけだ。それについてランチェスターは、マルクス資本論第一巻の終わりに書いた「man is distinguished from all other animals by the limitless and flexible nature of his needs(人間はその欲求の性格が飽くなきこと、および柔軟である点において他のすべての動物と異なっている)」という文章を引いて、「limitless needs(飽くなき欲求)」の発揮は既になされているから、今度は「flexible(柔軟性)」の部分を発揮するべき時だ、と書いてエッセイを締めくくっている。